2015年頃からテレビから遠ざかっていたアジアン・隅田美保の姿を、最近よく目にするようになった。テレビ出演を中止していた理由は、バラエティ番組での「ブスいじり」にあったという。
この発言は、ネット上で瞬く間に話題となり、「女芸人のブスいじりは是か非か」と議論を巻き起こした。“ブスいじり容認派”が「芸人なんだから、おいしいって思えばいいのに」と声を上げると、“ブスいじり否定派”が「容姿をいじられても笑えない」「『ブスは笑ってもいい』という風潮が高まる」と反論するなど、当時はさまざまなメディアでもこの問題が取り上げられていた。
そんな中、当事者である隅田は、昨年の『女芸人No.1決定戦 THE W』(日本テレビ系)を機にテレビ復帰を果たし、今年に入って、徐々にバラエティ番組への露出を増やしているが、再び“ブスいじり”をされるように。今月1日放送の『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系)で、隅田は「こんなとんでもない“ブスのドン”が帰ってくるなんて!」といじられ、スタジオは大爆笑に包まれていた。他バラエティでも、同様のいじりが散見され、「ブスいじりの是非」論争が、なかったことのようになっている。
果たして、女芸人のブスいじり問題は、今後どうなるのか? 元吉本芸人で、“コミュニケーション学”や“笑い”に関する研究をしている桜美林大学講師・瀬沼文彰氏に取材を行い、容姿いじりが生まれた背景や、変化しつつある女芸人の笑いの取り方についても、あわせて話を聞いた。
いつの間にか、“当たり前”のものとなっていた女芸人のブスいじり。瀬沼氏も「久本雅美、オアシズ、森三中、ニッチェの江上敬子、ハリセンボン・近藤春奈、尼神インター、フォーリンラブ・バービー、たんぽぽ、ゆりやんレトリィバァなどなど、ブスいじりをされる女芸人はたくさん挙げることができます」と現状を話す。
「ビートたけしさんが関連していると思います。たけしさんは80年代に、『タブーを笑おう』という内容の漫才をよくやっていて、『ブス』や『年寄り』を笑いのネタにしていたんです。そこで、世間の人たちが、表でも堂々と『タブーを笑う』ことを知ったのではないでしょうか。たけしさんは“ブスいじりのバックグラウンド”を作った人とも捉えられますね。もう1つは、吉本新喜劇の影響です。ここでは、ブスいじりが伝統となっており、元祖となった女芸人は定かではないものの、私が調べたところでは、1960年代に活躍した藤里美さんや楠本美枝子さんは、三枚目役として容姿をいじられていたようです」
吉本新喜劇の生みの親・八田武男氏は「大阪の笑いは、ぶっちゃけたところにある」という考えの持ち主だったそう。そのため「年寄いじり、容姿いじりを積極的に行う芸風になったのでしょう。吉本が90年代に全国化していく中で、テレビそのものに吉本ノリが広がり、ブスいじりが盛んになったと思われます」という。確かに吉本芸人が、“容姿をいじる”もしくは“いじられる”といったシーンをテレビで目にする機会は多く、ある意味、伝統芸として受け継がれてきた側面もあるようだ。「女芸人は同性ウケ狙い」が変化しつつある
瀬沼氏いわく、2000年頃から、女芸人のブスいじりの流れが変わり、容姿そのものを「ブス」といじるのではなく、“キャラとしてのブス”をいじる面が強まっていったという。
「『自称ブス』『自分ではブスを認めていないブス』『ちょいブス』『一般的にはかわいいのにブスを演出するブス』『ブスだけどブスを見せないブス』など、さまざまな立場のブスがテレビに登場し、ブスが“キャラ”になっていった印象です。
最近、人気を博す女芸人も、基本的に「キャラをどう見せるのか?」という笑いの作り方をしているのではないかと瀬沼氏は考察するが、一方である変化も見えるという。
「よく言われるように、お笑い業界は圧倒的に男性芸人が優位。見る側の男性も『女芸人より男芸人の方がレベルが高い』といった見方をしていたと思うんです。そんな中、かつて女芸人は、いかに“同性から共感の笑い”を得られるかを重視してきました。例えば、女性のあるあるネタだったり、飛び抜けて痛い女を演じてみせたり……といった感じですね。しかし最近の女芸人は、ブスキャラを演じながら、男女関係なくウケるネタを作っているように思います」
その例として、相席スタートの山崎ケイ、おかずクラブなどが挙げられるそうだ。
「山崎さんは、“ちょうどいいブス”を自称し、男と女のマウント取りの面白さ、女性が男性を転がす様子の面白さを表現していますし、おかずクラブは、“自分の容姿を意識はするけど、ブスであることは認めない”という自意識過剰なブスキャラを演じつつ、男性の下心をうまく突くネタを披露しています。このように、女芸人が“同性だけではなく、男もイジっていく”というネタは、男性も面白さを感じるのではないでしょうか」
お笑い界では、ブスそのものではなく、“キャラとしてのブス”をイジる流れになり、男性優位の構図にも変化の兆しが見えるという瀬沼氏。しかし、ネット上では、隅田の休業を機に、ブスいじりの是非が議論されたのも事実だ。
「正直、芸人自体はそれほど気にしていない人の方が多いのではないか、ネットが騒ぎすぎているのでは……と思うところはあります。お笑いにはフリとオチがあるのに、オチだけ拾われて批判されているなと。
隅田はかつてブログで、「世間では私がブスと言われるのが辛くて仕事を休んでる!って勝手に思われてる」「ブスといじられることで、恋愛や結婚のチャンスをずっと逃してきたので、理想の結婚をするためには一回ブスのキャラが邪魔だと言ってるだけです」と語っている。これはつまり、ブスキャラ自体ではなく、それによって、世間に「ブス」として下に見られることが嫌だったということなのではないか。
そうなると、“キャラとしてのブス”は、世間に悪影響を与えかねない笑いの取り方だが、瀬沼氏はここで、ポジティブな影響を与える可能性も示唆する。
「友達同士で“変顔”を見せ合い、そこにブスさ加減を見つけて笑い合ったり、SNSにアップする文化というのがありますが、関係性と親しさによっては、ブスいじりもコミュニケーションの1つになると思うんです。あと、これまで女性には、『綺麗、かわいいこそが素晴らしい』という価値観があったものの、今の時代は“ちょいブス要素”をうまく出し、いじられた方が、コミュニケーションを円滑にして、好感を持たれやすいとも感じますね。それに若い子たちは、ファッションやメイクが個性的すぎることを避けがちで、ある一定の枠内で、他者との差異をどう出すかを重要視する傾向がある。そんな中、“ちょいブス要素”はその差異となり、個性の1つにもなり得るのではないでしょうか」
変顔が“永続的”ではなく“瞬間的”なもののように、女芸人が見せる“キャラとしてのブス”も“その場”だけのものと捉えられるかもしれない。瀬沼氏は「女芸人も、テレビに出ているときだけのビジネスブスキャラとして割り切っている。
では今後、女芸人のブスいじりはどうなっていくのだろう。女芸人のブスいじりは、必ずしもネガティブな側面だけでないとした瀬沼氏だったが、ポリティカル・コレクトネスの流れにおいては、容姿いじりに頼らない笑いを見つける必要性も感じているという。
「日本の笑いは、基本的に身内ウケ。芸人は、芸能界という身内の中であれば、下ネタ、パワハラ、セクハラOKになっている現状は確かにあります。ブスいじり批判には『ほかの笑いってないの?』といった意見があると思いますが、徐々に新しい笑いを作っていけたらいいのではと感じますね。正直、見た目を笑いに変えられないって、芸人はとても悩むはず。でも、日本の芸人は、社会の空気を読んで笑いをつくるのがうまいので、期待したいところです」
しかしその半面、「BIG3(ビートたけし、タモリ、明石家さんま)、ダウンタウン、とんねるず、ウッチャンナンチャンといった芸人界のトップたちは、全員男性。松本人志さんが、以前『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、『素人はハラスメントNGだけど、芸人はOK』といった旨の発言をしており、上の立場の人がそういった姿勢だと、男性優位の構図は、変化の兆しはありつつも“完全” には変わらないのでは」と、瀬沼氏は現実的な見解を示す。
そういった背景ゆえ、今後も視聴者が、女芸人のブスいじりを「不快」「弱い者いじめ」と感じるシーンは散見されるかもしれないが、瀬沼氏は、女芸人が男芸人に“いじられる笑い”ではなく、男芸人を“いじる笑い”が「もっと増えれば」と願望を述べてくれた。
「最近、さんまさんを女芸人がコテンパンにいじるといったシーンを見かけるようになりましたが、まだまだ少ない。日常生活や仕事の場でも、女性がいじって笑いを取ることが、いまいち確立されていない気がします。
女芸人のブスいじり問題に一石を投じた隅田が、今後、男芸人たちにどう対峙していくのか。その姿を女性たちはどう受け止めるのかにも、注目していきたい。
【著書紹介】
『ユーモア力の時代―日常生活をもっと笑うために』(日本地域社会研究所)
生活の中にユーモアがあると、自分が見ている世界や日常はもっと面白くなる――そんな“ユーモア”について分析、その効果の大きさと影響力を示すとともに、誰にでもできるユーモア力アップの方法と技術を具体的に紹介した1冊。