幼い頃に慣れ親しんだ絵本や児童書が、イメージと異なる新しい絵柄の表紙で書店に並んでいるのを見て、違和感を覚えた――。そんな経験をしたことはないだろうか。
日本のアニメやゲームなどに使用されることが多い“萌え絵”。その詳細な定義は定まっていないが、「特徴的な大きな目」「等身が低い」「髪色がカラフル」「アニメ調の雰囲気」といったタッチの人物画を指すケースが多い。見る者に“萌え”を感じさせるとしてその名がついたこともあり、性的なイメージを連想する人も少なくないだろう。そんな萌え絵を彷彿とさせるイラストの絵本や児童書が、最近増えているという。
例えば、『にんぎょひめ』『かぐやひめ』『シンデレラ』といった名作を展開している河出書房新社の「せかいめいさくアニメえほん」シリーズ。一部作品の絵を担当している上北ふたご氏は、テレビアニメ『プリキュア』(テレビ朝日系)シリーズのコミックを手がける双子の漫画家姉妹で、ネット上で、絵本・児童書の萌え絵化が問題視される際、必ずといっていいほどその例に挙げられている。また、学研プラスの「10歳までに読みたい世界名作」シリーズ、KADOKAWAの「角川つばさ文庫」などの作品にも、同様の萌え絵が採用されている。
このような現象に対し、「絵本や児童書にはふさわしくないように思う」「男性向けアニメにも似た絵を子どもに見せるのはいかがなものか」と抵抗を示す大人がいる一方、「子どもに人気なら問題ない」とする大人もおり、絵本や児童書の萌え絵化に対する議論が巻き起こっているわけだが、その理由を赤木氏は「日本人が本の表紙を重視している証拠」だという。
赤木氏によれば、「日本は江戸時代まで木版印刷で本を作っていたのですが、そのとき版下を書いていた書道家たちは、例えば、歌の意味を書体や配置などでも表そうと、仮名文字を散らすなどして誌面を“デザイン”していたんです。一方の読み手も、1つの言葉から裏の意味を読み取って、“情景を把握する”ような感覚を身に着けている。
そのため、日本人にとって、本の表紙とは内容を表現する大切な要素であり、「特に子ども向けの絵本は、表紙からストーリーが始まっているといっても過言ではありません。絵本や児童書の表紙の絵が議論されるのは、それだけ日本人が表紙を重要視しているから。欧米の本って、表紙に凝ってないでしょう? 彼らにとって本は“道具”であり、表紙はカバーなので、“本を保護する紙”でしかないんですよ」。
では、そんな“大事”な絵本や児童書の表紙に、萌え絵を用いることに関して、赤木氏はどう感じているのだろうか。赤木氏は、「萌え絵を表紙に起用することの是非よりも、萌え絵に文句を言う大人にセンスがあるのかどうかの方が問題」とピシャリと指摘する。
「先ほども言った通り、日本人は本に対するビジュアルセンスが高い。例えば、表紙のイラストが内容にマッチしていなかったり、シリーズ物で1冊だけ違う絵柄だったりすると、その本は売れません。ただし全ての人が“最先端のトップクラス”のビジュアルセンスを持っているわけではありませんし、それにビジュアルセンスは、歳を重ねるにつれ衰えていくものなんです」
さらに問題なのが、「大多数の大人は、自分のセンスが古くなっていることにも気づけない」ことだそうだ。
「一流と呼ばれるデザイナーが、ある日突然引退するのは、自分のセンスが古くなり、若い人たちに対抗できなくなったことをきちんと悟れるから。でも、多くの大人は気づきません。逆に若い人は、どんなにセンスの悪い人でも、その時代の流行をきちんと把握しているし、30年前のデザインと今のデザインを見分けることができる。
赤木氏は以前、出版社から依頼され、小学校3年生の子どもたちに、絵本に採用する主人公のイラストについて意見を聞いたことがあるという。5種類のイラストを用意し、「どのデザインが一番いい?」と聞いてみたところ、全員一致で1枚のイラストを指したそうだ。そこには、「当時はやっていた“星のついたブーツ”が描かれていたんです。小学校3年生でも、感覚的に“今”がわかっているということです」。
萌え絵に関しても、若い世代は時代に沿った絵と、そうでないものをきちんと理解しているため、「子どもの中には“好きな萌え絵”と“イヤな萌え絵”の区別が歴然とある」と、赤木氏は語る。
「その違いは、子どもに聞くしかありません。でも、子どもに売れているのなら、それは子どもたちが認めたということ。それが、これからの世界の定番になっていくんです。3歳児が『これがいい』と選んだ色が、これからの10年の流行色を決めるんですよ。絵本の萌え絵化に文句を言っている大人は、アイドルの区別がつかないのと同じように萌え絵の違いを理解できず、男性向けアニメの絵柄と、そうでないものを一緒くたにしているのだと思います」
なお、絵本や児童書の表紙に萌え絵を使い始めたのはポプラ社で、1980年代から存在していたと赤木氏。萌え絵に違和感を抱くという人も、実は子ども時代、当時の萌え絵に慣れ親しんでいたという可能性もありそうだ。
「ビートルズだって、出てきた当初は不良の聞く音楽とされていましたが、今やクラシックですよ。
絵本に使われる萌え絵は、今を感覚的につかみ取っている子どもたちに認められた絵柄であるということだが、絵本や児童書の萌え絵化に抵抗を示す大人の中には、「表情がはっきりしていることで、子どもの想像力が養われない」といった懸念を抱く人もいるようだ。それゆえ、子ども向けの本には、昔からのフラットなイラストが望ましいというのだが、それに対しても赤木さんは異論を唱える。
「モーツアルトは3歳で交響曲を聞いて飽きませんでしたが、普通の子は寝ますよね。それと同じように、古くからのいいものを受け取るには、その子自身に“いい器”が必要なんです。イラストにしても、最初から昔ながらのフラットな絵に感情や情景を読み取ることができるのは、それを受け止める才能のある子どもだけ。一般人の子にはムリです。もちろん、いい器を育てることもできますが、親が子どもにムリを強いるべきではない。それより『生きているのは楽しいことだ』と思わせることの方がずっと大事ですよ。子どもに、好きな絵本を選ばせることによって、その基盤を作ってあげるべきです」
赤木氏は、大人の感性を若いわが子に押し付けてはいけないということを、「自分より30歳も年上の人から『この服を着なさい』と言われたらイヤでしょ? 子どもだってそう思っていますよ。絵本選びも同じです」と説明する。
「だから、大人のセンスで絵柄をどうこう言うよりも、子どもを本屋に連れて行って、欲しいというものを買ってやればいいんです。親がすべきなのは、予算を決めることだけ。1カ月の予算を決めてあげたら、子どもは『3カ月分をつぎ込んでも、この図鑑がほしい』などと、すごく考えて本を選びます。そうやって自分の頭で考えて、決断を下せる人間に育てることが大切なんです。その子に才能があろうがなかろうが、頭や顔がよかろうが悪かろうが、親にとって子どもって、生まれた瞬間から愛おしいもの。そんな子が、どんな絵を好きであろうといいじゃないですか」
赤木氏いわく、「そもそも、本屋にある子ども向けの本に、ろくでもないものは売っていません。みんな牙も爪も抜かれているから(笑)」とのこと。ならばなおさら、大人の古いセンスで絵本や児童書の萌え絵化を議論するのは、ナンセンスということなのかもしれない。
(取材・文=千葉こころ)
赤木かん子(あかぎ・かんこ)
児童文学評論家。長野県松本市生まれ、千葉育ち。法政大学英文学科卒業。1984年に、子どもの頃に読んでタイトルや作者名を忘れてしまった本を探し出す「本の探偵」として、本の世界にデビュー。
公式サイト
【新刊紹介】
『ともだちって どんなひと?』(赤木かん子:著、濱口瑛士:絵/埼玉福祉会)
毎日会うたくさんの知っている人――でも、その人たちみんなが“ともだち”ではない。そんな疑問から、ともだちとはどんな人かを考えていく絵本。絵は、新進気鋭の16歳画家・濱口瑛士くん。誰もが読書を楽しめるように工夫してつくられた「やさしく読みやすい本」である「LLブック」シリーズの1冊にあたる。
LLブック特設サイト