女性の性器のことを指す「オマンコ」という言葉は、テレビやラジオで「放送禁止用語」扱いになっていることは多くの人が知っているところだろう。象徴的な出来事として、30数年前、アイドル歌手として活動していた松本明子がテレビの生放送番組で「オマンコ」と叫んだことが問題となり、一時期芸能活動停止を余儀なくされるなどの大騒動となった。
一方、男根語の「おちんちん」や「チンコ」は、テレビでも耳にすることがある。しかし、なぜ女陰語だけが、あたかも極端に卑猥な言葉であるかのように、禁句となってしまっているのだろうか。
女陰語の歴史や、女陰語を口にすることがタブーになった背景について、“日本初”の女陰語・男根語の本格研究本である『全国マン・チン分布考』(集英社インターナショナル新書)の著者で、視聴者参加型バラエティ番組『探偵!ナイトスクープ』(ABC系)企画プロデューサー・松本修氏に聞いた。「オマンコ」は京で栄えた言葉だった
松本氏は、以前『探偵!ナイトスクープ』の番組内で「アホ」、「バカ」などの侮蔑語の区分けを調査、分析し、その成果を『全国アホ・バカ分布考』(太田出版)として1993年に出版している。
今回の『全国マン・チン分布考』は、女陰語が放送禁止用語のため、『探偵!ナイトスクープ』では扱えず、「テレビではできないことは本でやってみよう」と、一念発起した松本氏が独自に調査を始め、一冊にまとめた大作だ。
まず松本氏は、91年に、全国すべての市町村(平成の大合併前、3261市町村)の教育委員会に向けて、女陰語の呼び名に関するアンケート調査を実施する。翌年、およそ4割にあたる、約1,400の地方自治体から返答があった。回答した担当者の多くは当時50歳以上の戦前・戦中に生まれ育った世代が中心だったため、方言の歴史的な調査資料として、相当価値が高いものだという。
その結果から、松本氏はこれまで言語学者が誰もやってこなかった『女陰全国分布図』を作成した。
「現在、女陰語として一般的に使われている『マンコ』などは、江戸・東京のオリジナルの言葉だと思われがちですが、まったくの誤りで、実は京生まれ、京育ちの言葉だったことが明らかになりました。さらに、日本本土の女陰語の多くは京にルーツがあることが多かったのです」
たとえば、室町時代にまでさかのぼると、女児の女陰はその見た目が似ていることから、当時は最高級の贅沢な食品「饅頭(マンジュー)」にたとえられた。
饅頭を指す「マン」という御所の女房ことば(宮中に仕える女房が使った言葉)を経て、敬意、親愛の情を表す接頭辞「オ」が付いた「オマン」、同様に親愛を意味する指小辞「コ」が語尾に付く「オマンコ」という呼称にたどり着いた。
最初は幼い少女の女陰だけに対して使っていた「マンジュー」が、大人の女陰にまで幅広く使われるようになったことで、幼女専用の新しい愛称がさらに必要とされ、「べべ」「マンコ」など、さまざまな変遷を遂げてきた歴史があるのだという。
また、松本氏によれば、女陰語に限らず、方言は「周圏分布」といって、池に小石を投げ入れたときに生じる波紋のように広がっていくのだという。その中心点がかつての文化の中心地・京都である。方言の多くは、地方で生まれたものではなく、京の都から威風を受け継ぐように広がっていったものなのだ。
よって、京都よりも東にある方言は、原則として西にもある。たとえば、関東の「マンコ」「オマンコ」は、四国・中国地方でも同様に使われている。
ちなみに日本最古の歴史書「古事記」では、女陰のことを「ホト」(山間のくぼんだ所、地形の陰になっている部分の意)と呼び、『女陰全国分布図』を見ればわかるように、今でも鳥取県西部と岡山県北東部、鹿児島県の大隈半島の南端の3カ所にわずかに残っているという。
東京語の「オマンコ」、九州地方に多い「ボボ」などは、今では人前で決して口に出すことができない卑猥語のような扱いになってしまっているのが現状だが、松本氏が言うには、明治時代あたりまでは、女性自身が誇りをもって、日常的に話していたという。
「明治ごろまではまだ江戸時代の名残があり、女性も普通に女陰語を誇らかに使っていました。しかし、西洋の価値観、文化、思想の流入の影響を受けたせいで、女陰語が『はしたない』『恥ずかしい』ものだとされ、特に大正時代以降から徐々に言えなくなり始めたのです。そして、昭和、戦後、平成になると、公的な場所では誰も口にすることができなくなりました」
しかし、女陰語の歴史をひもとけば、当時は「オマンコ」や「ボボ」も決して下品でも、不潔でもない言葉なのだと、松本氏は強調する。
「文献を見れば、『ボボ』は安土・桃山時代、都の婦女子が自由に使っていた女陰語でしたし、徳川時代は、上方、江戸どちらでも『オマンコ』という言葉を口に出すことは女の子にも、カッコイイことでした。
昨今、性教育の重要さが再認識されている現状においても、女陰語を教えられることはほとんどない。
松本氏は、知人が授業参観の様子を教えてくれた際、その授業内容に驚愕したという。
「女性の先生が小学2年生の子どもたちに『男根を“ペニス”、女性器は“バルバ”』と教えていたのです。バルバはペニスと同様ラテン語で、欧米では医学用語として使われているようですが、それならオマンコ、ボボこそ、はるかにさわやかで、美しいですし、わざわざラテン語を持ってくるとは、あきれます」
男根語は比較的気軽に口に出せるにもかかわらず、女陰語はまったく言えない。これこそ女性差別以外の何ものでもないと、松本氏は憤る。
「大正時代からの約100年、女陰語が事実上、言葉として抹殺され、まったく発することができない状況は、女性差別と言うしかありません。『オチンコ』が言えるのなら、『オマンコ』と言って何が悪いのでしょうか。もしも『オマンコ』が今となって卑猥に聞こえてしまうなら、京都で近年まで女性のための上品な言葉として使われてきた『オソソ』と言っても構いません。日本も男女平等を目指すならば、この男女差別の状況を変えなきゃいけないでしょう」
セクハラなどへの意識が高まっている日本社会ではまだまだ、女陰語を気軽に言える状況にはない。「ただそのような風潮こそが本来、女性に対するセクハラなのだ」と、松本氏はいう。
この自主規制が強い日本で皆が「オマンコ」と気兼ねなく言える日は来るのだろうか。
(福田晃広/清談社)