『ブスの自信の持ち方』(誠文堂新光社)

 ウェブマガジン「よみもの.com」で連載されていた山崎ナオコーラ氏のエッセイ『ブスの自信の持ち方』(誠文堂新光社)が、7月10日に単行本として出版された。本書は「世間は、ブスに消えて欲しがっていない。

むしろ、ブスの存在を望んでいる。ブスには、『自信がありません』という顔で、隅っこでにこにこしながら立っていて欲しいのだ」など、「ブス」をテーマに社会に生じた、“歪み”について考える一冊となっている。著者の山崎氏は「ブス」という言葉について「単体では差別語ではない」と書いているが、なぜ世間は「ブス」を差別し侮辱するのだろうか。なぜ容姿に序列を付けたがるのだろうか。その心理について、山崎氏に聞いた。

――なぜ「ブス」をテーマに本書を執筆されたのでしょうか。

山崎ナオコーラ氏(以下、山崎) 私は2004年に作家としてデビューしたんですが、その時に新聞のネット版に掲載された顔写真がインターネット上のあちこちに転載されて、「ブスは作家になるな」といった誹謗中傷の言葉や、かなり激しい性的な侮辱を書かれたんです。他人にとっては小さな話かもしれないですが、私にとっては大きな出来事だったので、以来15年間、「ブスってなんだろう」と考えてきました。時々、エッセイなどに「ブス」というワードをちらりと出し、容姿に触れるようなことを書いたところ、結構な反応が返ってきて、「ブスについて悩んでいる、または考えている人が、世の中にたくさんいるんじゃないか。いつかド直球の『ブス』に関する本を書きたい」と思うようになり、今回やっと念願がかなった形です。

――ウェブマガジンでの連載時、読者からの反響はいかがでしたか。

山崎 私のエッセイにしては反響が大きくて、やはり「ブス」について多くの人が興味を持っているように感じました。

10年前だと「ブス」という単語を出すだけで「ブスなんて言っちゃだめ」という反応があったり、また「私はブスと言われるのだが……」と書くと「頑張ってください」「自分をブスと認めて偉い」といった応援的な反応も多かったような印象です。でも今は、「ブス」という単語に驚く人がいない。それは、お笑い芸人の方が、テレビ番組などで「ブス」という言葉をよく使うようになったからなのかもしれないし、LBGTQなどの言葉が浸透して性の多様性について考える人が増え、容姿に関しても人それぞれだと捉える人が多くなったからかもしれない。そんなふうに思っています。

「ブスVS美人」は“男”がつくった構図――山崎ナオコーラ氏が語る、美醜問題の元凶とは?
山崎ナオコーラさん

――本書には、お笑い番組などが、ブス“キャラ”芸人を使って、「美人女優さんやモデルさんに向かってケンカをふっかけさせる」演出をすることについても触れられています。ブス“キャラ”芸人とブスの関係性についてどう思われますか。

山崎 ブスキャラ芸人さんと美人によるケンカのシーンというのは、つまり、男性がつくった美醜の序列において下位にいる女性が上位の女性をバッシングしたり、うらやましがったりする……そうすると男性が“一段高い”ところに行くことができ、「ただ見てる側」の人になれる、という構図を作っているんだと思うんです。それは、男性にとっては生きやすい社会に違いありません。男性からのそういう需要に応えるために女性同士のケンカのシーンが演じられるんでしょうね。でも、ブスに美人の悪口を言わせるという番組の作り方は古いと思います。序列に関しての文句を言うべき相手は美人ではなく、ヒエラルキーを作り、「下にいる人(ブス)は、上にいる敵(美人)を攻撃しろ」とあおってくる人たち。現実の女性同士の関係においては、「ブスVS美人」はまず起こりませんし、そもそもお互いをバッシングする理由がないので、普通に友達になることが多いです。

――バラエティ番組では、ブスキャラ芸人がイケメンタレントに媚びるシーンもよく見かけます。

山崎 ブスキャラ芸人さんが、自虐ネタを言わされたり、イケメンタレントに媚びることを強いられたりするシーンは、「ブスのキャバクラ」といったものに私には見えます。テレビ番組では、「私は美醜の序列で下位にいるけれど、頑張ります。男性が微笑んでくれるだけでうれしいです」という謙虚な態度でいることをブスに強いることがよくありますよね。男性のタレントさんがブスキャラ芸人さんに対して「ブスを恋愛対象にしない」という姿勢を見せて笑いを取ろうとすることもありますが、「ブス」だってたとえイケメンだろうが好きでもない男性から恋愛対象に見てもらったところでうれしくもなんともないないですし、恋愛に興味がない人もいます。本当は、ブスキャラ芸人さんの世界はもっと広いと思うんですけどね……。

ブス同士で笑えるブスネタや、容姿差別のある社会をブス側から批評する笑いを作ることもできると思うのですが、テレビ番組やお笑いの世界は「古い男性」が多くて、なかなかブス発信での制作が難しいのかもしれません。でも、新しい価値観の萌芽は感じられます。私は渡辺直美さんが大好きで、写真集も購入し、インスタグラムもフォローしているんですが、自分で考えた新しいセンスを発信していて、昔のブスキャラ芸人さんとは一線を画する仕事をしていますよね。直美さんを見ていると、「時代は変わってきているなぁ」と感じます。あと、オアシズの光浦さんとか、我が道を行く人や、本音を言う人も、少しずつ増えてきていますよね。

――本書では、女性アイドルグループの総選挙にも異議を投げかけています。

男性アイドルのファンは、「誰が一番か」という順位付けよりも、「誰と誰が仲良しか」「この子とこの子の仲良し度合いを見たい」といった組み合わせを楽しむものだけれども、一方で女性アイドルのファンはアイドル同士を競い合わせて人気順位を作り、「アイドルの人間力や容姿を評価する立場」から見下ろしたいのではないか、と。

山崎 女性のアイドルだって実際は順位を競うより、みんなと仲良く仕事したいと思っている子の方が多いのではないでしょうか。なのに、運営側やファンは順位付けをして盛り上がる。これも、まあ、キャバクラですよね。女性のアイドルにキャットファイトをさせることで、王様的な立場になれるファンがいるわけです。キャバ嬢だったら成人して自分の意思で活動しているし状況も認識できているわけですけれども、アイドルには10代も多く、ましてや中学生もいます。子どもに対して性的な魅力で順位付けをするというのは人道的ではありません。大問題です。もしも、30~40代の女性が10代の男性アイドルに対して、順位付けをするシーンがあったら、「子どもを性的な目で見て順番を付けるなんて気持ち悪い」と感じる人が結構いると思うのですが、「女性に限っては、たとえ10代でも大人扱いしていい」という間違った考えを持っている人が多いんでしょうね。「10代の少女を性的な目線で見るのはおかしい」「このシステムは間違っている」といったことに、10代の女の子が気付くことはなかなか難しいでしょうから、大人が考えていかなければいけないと思います。

――「ブス」と言われて傷ついた人が、別の誰かを「ブス」と攻撃することもありますよね。

山崎 私自身は、ブスについて考えはじめたのが作家としてデビューした26歳頃からなので、そんなに幼稚なシーンを見ることはありませんでしたが、「ブス」と言われたことで傷つき、ほかの人を攻撃したくなる心理は想像できる気がします。容姿の序列を、「これが社会なんだ」「動かせない絶対的なシステムなんだ」と思い込み、「この中でどう生きていこうか」と考えてしまうと、他人を攻撃するしかなくなるんじゃないでしょうか。でも、既存のシステムにハマるのではなくて、「このシステムを作った人がおかしい」という目線を持てたら変わっていくんじゃないですかね。私に言わせれば変えられるんですよ、社会もシステムも。

――ティーン向けの雑誌では相変わらず「恋愛するためにはキレイにならなければならない。痩せなければならない」といった圧力をかける企画が多く、攻撃の対象が他人ではなく、自分に向かい過酷なダイエットをする少女もいるようです。

山崎 大人向けの雑誌は、容姿に関係なく“仕事”で輝いている人が出てきたり、社会的な話題も取り上げられたりするようになって、ちょっとずつ変わってきていると思います。ティーン向けの雑誌ではまだそのような企画が取り上げられるということは、作り手が10代を甘く見ているのかもしれません。私たちが、本当に面白い本、真に新しい雑誌を頑張って作っていかなくてはいけないのだと思います。責任を感じます。

後編につづく

山崎ナオコーラ(やまざき・なおこーら)
1978年生まれ。作家。國學院大學文学部日本文学科卒業。2004年『人のセックスを笑うな』が文藝賞を受賞し、作家デビュー。著書に、小説『趣味で腹いっぱい』など。エッセイに『指先からソーダ』『母ではなくて、親になる』(いずれも河出書房新社)、『かわいい夫』(夏葉社)などがある。
2019年7月10日、新刊『ブスの自信の持ち方』(誠文堂新光社)が発売。