ようやくに梅雨明けしたかと思えば、凄まじく暑い日々が続いていますね。
環境の変化といえば、最近の日本国内は、どこにいっても外国人の方が多いですよね。私たちの現場も同様、ここ数年、まったく喜ばしくない形で国際交流してきました。これまでの経験からすれば、ベトナム、中国を筆頭に、韓国、北朝鮮、フィリピン、タイ、インド、ブラジル、アメリカ、モンゴル、ロシア、ウクライナなどの国籍を持つ万引き犯を扱った経験があります。語学留学生による換金目的の大量盗難や、万引きで商材を仕入れる自営業者の犯行が目立ちますが、観光目的で来日した外国人による犯行も珍しくありません。今回は、とある高級スーパーで捕らえた異国の万引き犯について、お話していきたいと思います。
当日の現場は、K市にある高級スーパーS。
「今日は別件もあって忙しいし、こいつらは娑婆にいた方がつらいから、タレ(被害届のこと)は勘弁ね」
結局、今回も被害届の代わりに、被害申告の意思がない旨が記された上申書に店長が署名することで、全ての処理は終了しました。
「お前、この店、永遠に出禁だから。二度と来るなよ」
罪を許されたおじさんは、自分より若い警察官に激しく罵倒された後、店の外に出たところで解放されました。
(なによ、少しも座れないじゃない……)
警察が扱うことなく、商品の買取すらかなわない結末は、重い徒労感だけを残します。仕方なく現場に戻って巡回を再開するも、どうにもやる気が湧かずに、大過なく時間は過ぎていきました。
(あれ? あの子、どこかで見たことあるような……。もしかして、芸能人かしら?)
疲労もピークに達した業務終了間際。ディズニーランドの大きな袋を肩にかけて店内に入ってきた髪の長い女の子が、私の目に止まりました。
(確かに似ているけど、本物は、もっと小さくて細いはずよね)
そんなことを思いつつ、何気なく彼女の姿を目で追いながら業務終了の時を待っていると、彼女が手にしていたはずの高級果実が、いつの間にか消えていることに気づきました。商品の行方が気になって、チョコレートを物色する彼女に近づいてみれば、先ほどまで手にしていたはずのいちごやシャインマスカットが、ビニール袋に描かれたミニーちゃん越しに透けて見えます。
(チョコレートも、きっとやる)
そう確信してまもなく、比較的高価な箱入りチョコレートを次々と袋の中に隠した彼女は、なに一つ買うことなく店の外に出ていきました。
「あの、お客さ………」
「キャー! ナニ、アナタ、ヤメテ! STOP!」
声をかけると同時に振り返って悲鳴をあげた彼女は、外国人のイントネーションによる日本語で叫ぶと、私の前に両手を広げて突き出しました。
「あら、あなた。外国の人なの? フルーツとチョコレートのマネー、ちゃんと払わないと。わかる?」
「ゴメンナサーイ、オカネナカッタ」
商品を隠した袋を指差しながら、知っている英単語を並べて問いかけると、アヒル口を尖らせて犯行を認めた彼女は、素直に事務所までついてきてくれました。ある程度の日本語はしゃべれるようで、21歳の大学生だと話した彼女は、東京ディズニーランドで遊ぶことを目的にマレーシアから来たと話しています。被害は、計9点で、合計4,500円ほど。盗んだ理由を聞けば、ディズニーランドでお金を使いすぎてしまい、チョコレートはお土産にするつもりだったそうです。
「このフルーツは、どうするつもりで?」
「コレハ、タベタカッタ。ゴメンナサイ、ヘヤデ、カレシマッテル。ハヤクオネガイシマス」
ホテルの部屋で待つ彼氏も、お金を持っていないというので、もはや商品を買い取る術はありません。どことなく千鳥のノブさんに似た比較的若い店長を呼んで事情を説明すると、被疑者の顔を見た途端に鼻の下を伸ばして、妙に親しげな様子で彼女と会話を始めました。その乱心ぶりに気づいた彼女も、この場を収めるべく誘うように体をくねらせて、最後の夜に馬鹿なことをしたと、目に涙を溜めながら許しを請うています。
「明日、国に帰るって言うしさ、警察は、呼ばなくてもいいんじゃない?」
同情したのか、良い格好をしたいのかわかりませんが、店長がなかったことにするというなら仕方ありません。念のため、警察から全件通報の指示を受けていることと、被疑者が外国人の場合は必ず通報するよう本部から強く指導されていることを伝えると、一転して表情を曇らせた店長が言いました。
「面倒はごめんだから、やっぱり呼ぼう」
店長を籠絡しきれず、警察に引き渡された彼女は、外国人だからなのか、その場で逮捕となりました。彼女を逮捕するくらいなら、午前中に捕まえたホームレスのおじさんこそ逮捕するべきだったのではないかと、逮捕者として腑に落ちない思いがしましたが、ただの保安員である私に言えることはありません。
「こんなに可愛い子が逮捕されちゃうなんて、なんかショックだなあ」
手錠をはめられ泣きわめく彼女を見つめる店長の表情が、いつもより興奮気味に見えて、美女の持つ力を思い知った次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)