“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
「正直なところ、ホッとしました」――
そう語るのは、「介護施設は虐待が心配――生活が破綻寸前でも母を手放せない娘」で紹介した斎藤雅代さん(仮名・45)の上司、正木俊宏さん(仮名・56)だ。
前掲の記事で斎藤さんが繰り返していた言葉がある。「施設に入れると、お母さんがかわいそう」というものだ。
いくらホワイト企業でももう彼女を守れない
「彼女のお母さんはほとんど寝たきりでした。平日はデイサービスに行くのですが、それまでに朝食を準備して、時間をかけて食べさせているようです。弊社はフレックス勤務が可能なので、出勤するのが午前11時になっても午後8時まで勤務すればいいので問題はないのですが、時間休を取って早めに帰って、デイサービスから戻るお母さんを迎えることもありました。
話を聞くと、正木さんの会社は超ホワイト企業だ。1時間単位で使える介護育児休暇や介護育児休業のほか、前年から繰り越せる有給休暇、福祉休暇という名前の育児や介護で取得できる休暇もあるという。これらをフルで使うと、なんと1年の3分の1は休むことができるというのだから、ブラック企業の社員でなくとも誰もがうらやむ恵まれた労働環境なのだ。
ところが、斎藤さんはこれらの休暇を毎年すべて使い果たしていたうえ、今年前半には使える休暇がほとんど残っていなかったという。いくらホワイト企業でも、これ以上この状態が続けば、斎藤さんを守りきれないところまで来ていたのだ。
「ほかにお母さんの介護を手伝ってくれる人はいないのか聞いても、家庭事情が複雑なようで、彼女一人が奮闘している状態でした。
斎藤さんが介護離職してしまうと、一家4人が路頭に迷うことは明白だったため、なんとしても仕事を辞めさせるわけにはいかなかった。
社内に、介護をしながら仕事もちゃんとやって母親を看取った女性社員がいたので、その人から斎藤さんに助言をしてもらってはどうかという案も出た。
「その女性社員も『私でお役に立てるなら』と乗り気でした。
さらに正木さんは、知り合いやそのまた知り合いまでたどって、斎藤さんが介護離職しなくて済むためにどうしたらいいのかアドバイスを求めた。斎藤さんの住む自治体の担当者やケアマネジャー、民間の相談機関まで……正木さんは単なる上司以上の動きをしていたのだ。
「ただ個人情報の関係で、いくら彼女の上司とはいってもこれ以上は踏み込めないというラインがあって、最終的には彼女が動かないとどうしようもないというところで終わるんです。今のケアマネが、彼女の深刻な状況を把握していなくて、適切なケアプランを示すことができていないのが一番の問題だろうと、何人もの人に言われました。彼女との信頼関係が築けて、彼女一人が抱え込まなくてもいいような方法を提案できるケアマネに替えないことには始まらないと言われました。しかし彼女は、『そんな余裕はないし、母に合うケアマネをどうやって選べばよいかわからない。
だったらもうお母さんを施設に入れるよう、こちらでおぜん立てをしてあげようと、民間の相談機関の人に会社まで来てもらって、お母さんを施設に入れる必要性から施設選びのアドバイスまで、それは丁寧に説明してもらったんです。彼女さえ『はい』と言えば、私も一緒に施設探しや見学に同行するとまで言ったのですが……」
それでも、斎藤さんは煮え切らない返事をするばかりだった。ついには、正木さんもしびれを切らして、「もうどうなっても知らんぞ」と投げやりな言葉が出かかったという。
これほど情の厚い大企業に、一般職とはいえ斎藤さんはよく入社できたものだ。幸運と言うほかない。それにしても、ここまでくると斎藤さんや正木さんが担当する仕事にも影響が出ていたに違いない。他人事ながら心配になった。
ところが、というか、そのうえ、というか、この会社はとんでもなく懐が広かった。
――続きは12月21日公開