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 1月下旬、東京・新宿区内のホスト男性宅に侵入し、現金約100万円と、ネックレスなど(約140万円相当)を盗んだ20代女性2人が、建造物侵入と窃盗の容疑で逮捕された。女性2人組、かつ同様の窃盗事件を繰り返していたことから、彼女たちは、捜査員の間で「令和のキャッツアイ」と呼ばれていたといい、その“異名”がニュースで報じられると、世間はそのインパクトの大きさに騒然。

一時はTwitterのトレンドに上がるほど、「令和のキャッツアイ」は注目を集めたのだ。

 連続窃盗犯に、こうした“異名”がついていることはよくあり、ニュースなどで「風呂屋のミッチー」「ギャン(ブル場)のあぶさん」「デパ地下のさと婆」といった名前を見聞きした人は多いのではないだろうか。しかし、そもそもなぜ捜査員たちは、連続窃盗犯に“異名”をつけるのか? 名づける際のルールはあるのか? 今回、元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏に話を聞いた。

“異名”が捜査員の士気を高める

 現職時、「盗犯」を担当する警察本部捜査三課に所属していた小川氏。連続窃盗犯の“異名”は、「捜査する中で自然とつけられるもの」だという。例えば、捜査員が張り込みを行う中、携帯電話で連絡を取り合う際などに、“異名”が用いられるのだそうだ。

「現行犯逮捕のときは別として、捜査員が数カ月かけて行動確認を行うような窃盗犯には、よくつけられますね。なぜかと聞かれると、捜査上、何か特別なメリットがあるわけではないのですが、捜査員の士気が上がることはあります」

 確かに、捜査員の中で“異名”がつけられることで、団結力が高まり、捜査に気合が入るということは想像できる。しかし、窃盗犯以外ではあまり“異名”を聞かないのはなぜなのだろう。

「殺人犯や暴行犯は、次にいつ犯行に及ぶかわからない。しかし、窃盗犯は泥棒だけで飯を食っていることが多いので、釈放されてもまた同じことを繰り返すのです。そういった場合、“異名”があると、捜査員の間で話が通じやすいという面がありますね。

窃盗犯のフルネームは忘れてしまっても、“異名”だったら覚えていることも少なくありません。捜査員の間で“異名”を交えながら、『俺、いま〇〇をやってて』『〇〇なら、俺も前担当したよ』なんて、盛り上がることもありましたね」

 一方で、“報道”においては、“異名”が大いに活躍する面があるという。

「今回の『令和のキャッツアイ』の手口は、巧妙なわけでも、最新の技術を用いたわけでもない、大変稚拙なものでした。そのため通常であれば、メディアに大きく報じられるような事件ではないのですが、『令和のキャッツアイ』という“異名”によって、新聞や情報・報道番組で大々的に取り上げられ、事件を風化させずに済んだ。メディアが、警察の広報活動を担ってくれたとも言えますね。つまり“異名”をつけることは、犯罪の抑止にもつながると言えるのではないでしょうか」

 では、連続窃盗犯の“異名”のつけ方には、何かルールはあるのだろうか。

「『窃盗犯の手口+名前』という形ですね。例えば、ズボンの尻ポケットに入った財布(ケツパー)を抜き取る手口を専門とするスリは『ケツパーの〇〇』という“異名”がつけられます。また、神社仏閣の祭礼や縁日などを専門とするスリ(高町師)は『高町の〇〇』、飲食店などの椅子やハンガーにかけられた上着やバッグ類を狙ったスリは『ブランコの〇〇』、日が暮れる頃に灯りのついていない留守宅を狙う空き巣(宵空き)は『宵の〇〇』……といった具合です。窃盗犯の姿かたちを“異名”に取り入れるケースもあって、例えば『メガネの〇〇』『ちょんまげの〇〇』など。まぁ、あまり長々とした“異名”は言いにくいので、もっと簡単に『メガネ』『ちょんまげ』と呼ぶことも多いですね」

 捜査員の間では、「いま誰やってるの?」「メガネだよ」「あぁアイツはいい(ホシだ)ね」などといった会話が交わされているそうだ。こうした“異名”は、一般人からすると独特な慣習に感じるが、「捜査員にとってはあくまで日常的なもの」という。

「窃盗犯に“異名”をつける慣習は、かなり昔からあります。それこそ、皆さん知っている江戸時代後期の有名な盗人『鼠小僧』も、“異名”ですからね。江戸時代中期の火付盗賊改方長官・長谷川平蔵をモデルにした時代劇『鬼平犯科帳』(フジテレビ系)にも、犯行の手口から“異名”がつけられる盗人は数多く登場しています」

 ところで、小川氏にとって、思い出深い“異名”の人物はいるのだろうか。「『先生』という人がいましたね……」。そう切り出された人物は、小川氏が生まれた1961年には、「もう泥棒だった」という忍び込みの大ベテランだそうだ。

「『刑事さん、年いくつなの?』なんて聞かれて、『二十うん歳だよ』と答えると、『二十うん年前は、旭川(刑務所)にいたなぁ』と言われました。

『先生』は、いろんなことを教えてくれましたね。忍び込みについても『なんで簡単に入れそうなこっちを避けて、別のほうから入ったか、わかるか』『これには理由があるんだ』と説明してくれ、『なるほど!』と。当時から、本人に直接『先生』と言っていましたが、『先生』が刑務所に入り、出所後にまた泥棒稼業を復活させる頃には、捜査員の間で『先生』という“異名”が飛び交っていましたね。『先生いったぞー!』『先生、今日ここら辺うろちょろしてるよ』なんてね」

 また、“異名”をめぐるこんなエピソードも忘れられないそうだ。

「捜査員と被疑者が、事件に関係する場所を一軒一軒回りながら、犯行を検証する『引き当たり捜査』中、思わずいつもの癖で、被疑者を“異名”で呼んでしまうことがありました。例えば、その人物の“異名”が『ちょんまげ』だったとすると、つい『おい、ちょんまげ!』なんて声をかけちゃったり。

そのとき本人から『俺、ちょんまげって呼ばれてたんですか?』『もっとカッコいいやつにしてくださいよ』とクレームが入ったことがありましたね」

 「カッコいい“異名”」として、「せめて『怪盗ルパン』とか」と提案されたという小川氏。その際は、「怪盗ルパンに失礼だよ」と返したそうで、「まぁ本人も冗談のつもりで言っている感じで、笑っていましたよ」とのこと。

「逆に、“異名”を気に入っている奴もいましたけどね。例えば、金庫破りを専門にしている窃盗犯は『金庫の〇〇』という異名がつくのですが、それを『金庫と言えば俺だ』と自慢するように語る奴がいるんですよ。泥棒もプライドがあって、『自分が一番でいたい』と思っているようです。そういえば、『次はもっといい名前をつけてもらえるように頑張ります』と言っていた奴もいましたね。泥棒として“成長したい”という意味だったのか……」

 窃盗犯にとって、モチベーションになってしまっては困りものだが、話を聞く限り、これからも世間の関心を引く“異名”が登場することになりそうだ。

小川泰平(おがわ・たいへい)
1961年愛媛県松山市生まれ。元神奈川県警の部長刑事。現職時は警察本部捜査三課、国際捜査課等で第一線の部長刑事として、主に被疑者の取り調べを担当。2009年、30年勤務した警察官を退職し、犯罪ジャーナリストに。著書に『現場刑事の掟』(イーストプレス出版)などがある。