「パワーポイントの使用は控えた方がいい。特にプレゼン資料のカラーコピーは…」

 最近、トヨタ自動車社内からだけでなく、系列会社のあいだからでさえ、こんな会話が聞こえてくるようになった。
事の発端は、5月8日の決算発表での渡辺捷昭社長の発言だ。
 今年度の営業利益は、円高、原材料高、米国市場の不振という“三重苦”で、トヨタといえども、3割減の厳しい見通しだ。決算会見の後、周囲を取り囲んだ記者団に対し、渡辺社長は「もう一度、原点に返って原価低減を行う」と一層のコスト削減を強調した。そして、続いて飛び出した次の言葉がその後のパワーポイント自粛ムードにつながった。
 
 「社内の意識はまだまだ甘い。昔は1枚の紙に(用件を)起承転結で内容をきちんとまとめたものだが、今は何でもパワーポイント。
枚数も多いし、総天然色でカラーコピーも多用して無駄だ」と苦言を呈したのである。

 何気ない渡辺社長の発言だが、ロシアの国家予算に匹敵するほどの売上高を誇るトヨタのトップの言葉。同社を頂点とする産業ピラミッドの隅々にまで鶴の一声は行き渡り、実際にパワーポイントやカラーコピーの自粛ムードが急速に広がっているのだ。トヨタ社内では「かつてのような新幹線のグリーン車禁止令の復活かとの噂も駆け巡っている」(関係者)という。

 もっとも、今年度の減益の最大要因は円高、すわなち為替の影響。「何もそこまでやらなくても」と思うのが人情だろう。
なぜ、渡辺社長はかくも“過激”な発言をしたのか。

 複数のトヨタ幹部やOBによると、その発言の真意は、どうやら別にありそうだ。あるトヨタOBは「狙いは官僚主義の打破」と見る。かつて奥田碩取締役相談役は、「トヨタの敵はトヨタ」と語った。米GM(ゼネラルモーターズ)を抜き、世界一の販売台数獲得が目前に迫るなか、そのOBは「若い社員はかつての苦労を知らない。何も考えずに慣例的、事務的に仕事を処理したり、部品メーカーなどの取引先に傲慢な態度を取るものも少なくない」と指摘する。
“世界一”になること自体が大きなリスクと感じるトヨタ首脳陣やOBは多いのだ。

 「いまこそ、意識改革の絶好のチャンス」と渡辺社長は言う。その意識改革とは、原価低減という単なる“節約”に止まらない、もっと深い意味合いがありそうだ。

(『週刊ダイヤモンド』編集部 山本猛嗣)

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