日曜よる9時からのTBSドラマ『ノーサイド・ゲーム』で新生アストロズのスクラム・ハーフとなった佐々一。浜畑譲からレギュラーの座を奪ったスタンド・オフ七尾圭太とともに、アストロズ成長の象徴ともいえる佐々を演じるのは、落語家の林家たま平さん。
物語は残すところあと2話となり、すでに「ロス」を心配する声が上がるほどの人気を博す『ノーサイド・ゲーム』だが、現実世界では9月20日にいよいよラグビーワールドカップ2019が開幕する。そこで連載9回目となる今回は、人気急上昇中の林家たま平さんにドラマにかける思いを語ってもらった。
――撮影はとても大変そうです。
セリフが急に変わったり、いろんなことが起きてめまぐるしい日々です。第5話で高橋光臣さん演じる岸和田キャプテンが左右に腰を振るダンスをして佐々の緊張をときほぐすシーンがあったんですが、あれ、元々は全部アドリブだったんです。
その場その場、瞬間瞬間、リアルに作ってるものなので、たぶんそれが視聴者のみなさんにも伝わって、いい作品になってるんだと思います。
――試合シーンは本当にリアルですね。
すごい迫力ですよね。
――アストロズの佐々は回を追うごとに人気ですね。どんな反響がありますか?
街なかで「佐々だ!」って、声をかけられるようになりました。嬉しいですよね。でも中学生くらいの子に「佐々だ!」って指差されたりして…。
――ご家族はドラマをご覧になっていますか?
師匠(林家正蔵)がテレビの前で食い入るように見てるんです。そうすると後ろの祖母が「全然画面が見えない!」って怒ってる(笑)。
――感想は?
言わないんですよ、これが。いまは弟子と師匠、師匠と弟子っていう関係だから、「頑張りなさい」としか言わないんです。
――これまで舞台のご経験はありますが、テレビドラマは今回が初めてです。
舞台も1度だけ。
――オーディションを受けたきっかけは?
マネジャーさんがほかの仕事でTBSに行ったとき、プロデューサーの伊與田さんが僕のプロフィールを見て、「ラグビーやってるんだったら、1度オーディション来てよ」って言ってくださったんです。僕もまさかテレビドラマのオーディションなんて思ってもみなくって、そんな怖いよ、みたいな感じでした。で、行ってみたらもうまわりがすごい。「あ!あの人見たことある!」っていう選手ばかりで、そんな方たちがバーッと並んでるんです。
僕の前の人はセネガル代表の人でした。190センチぐらいあって、その方がいかにもこう殺気を放ってる。「うわっ、きっとこういう人が受かるんだ」と思ったんですけど、オーディションが始まって審査のときに、そのセネガル人がいきなり手を挙げて、「私は日本語がしゃべれません!」って。これなら自分もできるかもしれないと思いました(笑)。
――佐々役が決まったときの気持ちは?
オーディションが5次審査くらいまであるって聞いてたんですが、そのオーディションが途中まで進んだところでジャイさんから「スクラムハーフできるか?」ってお話をいただいたんです。学生時代の僕のポジションはフォワード。でも、できませんなんて言えるわけない。だから「できます!」って。
――オーディションを受けることは家族や先輩に相談されましたか?
相談はしませんでした。芝居もそんなに経験があるわけじゃないですし、自信も正直ありませんでした。まったくなくて、でも、山田洋次監督が「芝居は心から感じることを、そのまま出せばいいんだ」とおっしゃっていた。変に表情なんかで表現しようとしなくていいって言われたんですが、まったく同じことを本番前の稽古でジャイさんに言われたんです。それが励みになりました。真っ直ぐにぶつかってみて、ダメだったらダメで、もうしょうがないだろうと思って、とにかく体当たり。体当たりのお芝居をやらさせていただいてます。
――学生時代のポジションはプロップ。ちょっと意外でした。
当時はいまより体重が25キロ以上ありましたもん。100キロ近かったんです。すごく太ってました。
――プロップとスクラムハーフというのはまったく違うポジションですね。
サッカーでいえば、点を取る人とゴールキーパーみたいな差がありますよね。中学3年生まではずっとウィングだったんですよ。そうしたら、東京都選抜に選ばれた。「やった!」と思って、ポジションを見たら、ロックって書いてある。「え?」って。たぶんセレクションをする人が、「こいつはロック向きじゃないか?」って思ったのかな。すごく足が速いわけじゃないけど体が強い。で、自分のチームに戻ってみたら、そのままフォワードになってました。ウィングで選抜されたかと思ったら、ロックになって、チームに戻ってもそのままフォワード…。
――スクラムハーフ役だとわかったときはどう思いましたか?
荷が重いな、背負うものがでっかいな、と思いました。下手なことしたら、ドラマ全体に迷惑かけちゃうかもしれない。佐々のポジションのスクラムハーフは、フォワードとバックスのいわゆるつなぎ役。このドラマでも大切な中盤のつなぎ役なので、最初はすごく怖かったんです。でも、いざ始まってみると大泉さんや(高橋)光臣さんが丁寧に、しっかりと僕たちに道筋を立ててくださったので、すごくやりやすかった。
でもいまもずっと恐怖と戦ってます。たぶん撮影が終わっても、恐怖心ってあると思うんです。それぐらい、この佐々っていうのは難しい役なんでしょうね。でも佐々と自分には重なる部分もたくさんあるんです。
落語家には「前座修行」っていうのがあるんですが、365日、毎日寄席で裏方作業の下働きをするんです。そこで僕は時間を間違えちゃったりとか、着物を忘れちゃったりとか、そういうミスをけっこうやってしまったんです。そのときの自分と佐々がものすごくかぶって、台本読んだり、芝居しながら、「そういや、昔、俺こういうことあったな、あそこでミスしたな」と思ったらすごくやりやすかった。でもその分、昔の失敗とかイヤなことも一緒に思い出しちゃいましたけど(笑)。
――実際の放送を見た感想は?
佐々が自分じゃないように見えて、不覚にも泣いてしまいました。米津玄師さんの主題歌『馬と鹿』が流れるシーンを出演者たちで「馬鹿(うましか)チャンス」って言ってるんですけど僕、これまでに2回(第8話放映時点)、「馬鹿チャンス」をもらってて、いまのところ大泉さんと同率で1位です(笑)。
――大泉さんはどんな方ですか
顔合わせのときに、「私は文科系だから、きみたちのような体育会系は大嫌いだ」って言われたんです。まわりのスタッフさんはもう大爆笑でした。いざ本番が始まってみると、我々アストロズは撮影前にみんなで円陣を組むんです。それを遠目で見てた大泉さんが、なんかだんだん、だんだん僕たちに近づいて来て、「何だろう?」と思ったら、「それカッコいいから、僕もやらしてよ」って。
第5話で円陣を組むシーンはすごかった。僕は引退試合も秩父宮ラグビー場で、しかもそのときと同じロッカールームだったんです。だから円陣を組みながらたかぶるものがあって、ずっとボロボロ泣いてました。
――大泉さんは雰囲気を作られるのがお上手なんですね。
すごいです。やっぱり何よりすごいのが、エキストラで来て下さった方たちへのファンサービスです。そのおしゃべりがものすごく明るくて、ほんわかして、まるで1つのチームになるかのような温かみがある。そのトークがまた面白いんです。そしたら大泉さんは話の組み方とか、オチのつけ方とかを落語を聞いて勉強されたそうなんです。
その話を聞いて、落語家やっててよかったな、と思いましたけど、でもたぶん大泉さんって天才肌なんでしょうね。自然とできちゃう方。もし大泉さんが落語家になってたら怖かったなと。すごいライバル……ライバルじゃないですけど、すごい師匠になってたかもしれませんよね。
――アストロズのメンバーから刺激は受けますか?
元ラガーマンの方が多いので、自分の生き様をそのまま演じているっていうところがあると思います。その中でも廣瀬さんはすごいです。役者さんには決してできないような、いろんな経験と苦悩を積んでるような顔つき。あれがね、いちばんの衝撃でした。「うわっ、すげえ人現われた」って。世界ができあがっちゃってる。廣瀬さんの表情でシーンがスローモーションみたいな感じになるんですよね。あの雰囲気が佐々に欲しいです(笑)。
――福澤組の雰囲気はいかがですか。
ジャイさんは、ラグビーが大好きなんですよね。フォワードには、普段のお弁当のほかに釜で五升ぐらい米を炊いて、みんな食え食えって。愛情ですよね。それを真摯に受け止めて、今こうやって僕があるのも監督が目をかけてくださったおかげなので、期待に応えられるような活躍をしていきたいと思っています。
――アストロズでとくに親しい方はいらっしゃいますか。
アストロズには明治出身の「明治組」があって、天野さん、(齊藤)祐也さんと、佳久ちゃんで飲んだりしました。里村役の佳久ちゃんとはプライベートで一緒にお芝居観に行ったりするくらい仲がいいです。
――すごく長い時間をみなさんで一緒に過ごされているんですね。
「同じ釜の飯を食べた」っていう言葉がありますけど、まさにそれです。落語では舞台に立つのは1人だから、孤独との戦いなんです。だけどラグビーは、誰かが、誰かのためにプレーしている。僕がミスしたとしても、誰かがそれをカバーしてくれる。
でも落語の寄席もじつは団体芸なんですよね。1人で戦っているかのように見えて、最初にちょっと軽い噺をして、2番目には面白い噺をする。3番目にはその面白い雰囲気からガラっと変わって、ちょっと人情噺で泣かせに入ったりとか、うまくつなげていくチームプレーなんです。そこはちょっと似てるかなと思います。
――今後も俳優業は続けますか?
やりたいですね。じつはこの間、ジャイさんに冗談で、「おまえ、落語家やめろ」って言われたんです。「俳優になれ」って。「えっ、いや…あ、無理です」って落語家は本分ですので。噺家としての修行があって、師匠があって、おかみさんがあって、一門の力があって、林家たま平といういまの自分がある。僕は不器用な人間なので真っ直ぐにしか進めない。イノシシと一緒なんですよ。
――ドラマのみどころを教えてください。
ドラマならではのシーンとして松たか子さんと市川右近くんたちの家族シーン。君嶋GM(大泉洋)が成長していくのと同時に、博人(市川右近)もちょっとずつ大人になってくんですよ。それが見てて面白いなあって思うのと、やっぱりラグビーはチームスポーツなので、アストロズのひたむきさにも注目してほしいです。日曜夜にドラマを観て、月曜日からちょっとでも勇気や元気を、生きる力みたいなものを感じてもらえれば万々歳です。
※本連載は雑誌『TV station』との連動企画です。
写真提供:TBS