日本で15年間の編集者生活を送った後、ベトナムに渡って起業した中安記者が、ベトナムのお正月についてレポートします。
売り上げは11カ月分なのに、給料は13カ月分「え? 年末には2カ月分の給料を払わないといけないんですか? それは知りませんでした」
と驚いているのは、今年、駐在員事務所を開いたばかりの日系企業の駐在代表。
ベトナムは旧暦で新年を祝う。ちなみに2013年の元日は、新暦でいうところの2013年2月10日。
一方、業種にもよるが、テト前後は売上が落ち込む時期でもある。暦の上でお休みになっているのは大晦日と三が日の合計4日間だが、だいたいテトの1週間くらい前から仕事は動かなくなり、テト後も1週間は「お屠蘇気分」が抜けない。
つまり、売り上げは11カ月分なのに給料は13カ月分払わなければならないのだ。「13カ月目の給料」は発生することが分かっている支出なので、毎月、少しずつ積み立てておくようにしている会社が一般的だろう。弊社もそのようにしている。
テトはそれ以外にも出費がかさむ時期だ。ベトナムでも日本と同様にお年玉の習慣がある。ただし日本と違うのは、お年玉を渡す範囲が広いこと。例えば、会社では上司が部下にお年玉を渡すのが一般的だ。
金額はまちまちだが、私の周りの人に聞いてみると「10万ドン(約400円)」という答えが多く、最低でも5万ドンくらいが相場のようだ。
現在のベトナムの紙幣はポリマー製が主流だが、以前はコットン紙幣を使っていた。その時は赤い色をしているのは1万ドン札だったので、こういうときには1万ドン札の登場頻度が高かった。お札の色が変わったことは、お年玉の額に多少なりとも影響があったと思う。
さらに、私がお年玉を渡すのは社員だけではない。例えば、会社が入っているビルのバイク置き場で働いている駐輪係にも渡すし、ビルの警備の人にも渡す。顔なじみの食堂や喫茶店の店員さん、時には家の近所のガソリンスタンドのスタッフにもお年玉を渡すのだ。
会社でのお年玉は忘年会の場で渡されることも多い。何かと出費が増えるテト前にお金をもらえたほうがいいという、実利的な理由である。
もちろんお年玉は、新しいお札を赤い色のポチ袋に入れて渡す。テトが近づくと銀行が新札を求める人で混雑する。このあたりは日本と同じ、年末の風物詩だ。
正月休みの後、職場復帰しない人が40%という会社もところで、ホーチミン市の工場に勤務している人の70%程度が地方出身者だといわれている。彼らはテトに「13カ月目の給料」とボーナスを受け取り、まとまったお金を手に里帰りする。すると何が起こるかというと、里心がついて職場に復帰しない人が出てくるのだ。
確かに田舎で自給自足に近い生活をしていると、現金はあまり使わない。テトに持ち帰ったお金で数カ月は暮らせてしまう場合もある。また日本と同じように「どうせ転職するならボーナスをもらってから」と考える人も少なくない。ベトナム人は家族の絆を大切にするので、帰省先で就職先を見つけ、親の世話をしながら暮らすことを選択する人もいる。
「今年はテトの後、何%の社員が職場に戻って来てくれるだろうか」というのは、多数のベトナム人を雇用している経営者共通の心配事だといっていいだろう。職場復帰しない率は平均で10%程度だといわれるが、40%近くが戻って来ない企業もあるという。それを受けてテト明けには雇用競争が過熱する。
そんなテトまであと約1カ月半。ベトナムでは新暦の正月が終わった後から歳末ムードが盛り上がる。今年はどうやってテトを上手に乗り切るか、これからが踏ん張りどころだ。
(文・撮影/中安昭人)