100年に一度の大変革期を迎えている自動車業界。そのなかで日本の自動車メーカーの行く末に「猛烈な危機感がある」と明かすのは、かねてよりマツダの天才エンジニアとして知られ、現在はシニアイノベーションフェローを務める人見 光夫氏だ。

Appleをはじめとした巨大テック企業たちが自動車業界への参入をこぞって表明する今、既存の自動車メーカーが生き残りをかけて望むデジタルシフト戦略とは。ここでしか聞けない、本音が満載のインタビューです。

ざっくりまとめ

-「モデルベース開発」をいち早く導入できたのは、マツダが「貧乏」だったから。「モデルベース開発」は同じ努力を繰り返さないための手法
-「CASE」が重要視される今、これまでの「売って終わり」というビジネスモデルは通用しなくなる
-自動化とシェアリングの技術で、地方に住む高齢者の生活をサポートできる可能性も
-巨大テック企業との競争を制するためには、自分たちの強みを活かしながら、ビジネスモデルを柔軟に考え、変革していくことが必要

今や自動車業界では当たり前の「モデルベース開発」をリードできたのは、「貧乏」だったから

——自動車業界のデジタルシフトというと、シミュレーションモデルを用いて開発を効率化する「モデルベース開発」が注目を集めています。御社は、これを業界に先駆けて導入したと伺いました。

モデルベース開発はずいぶん前からこじんまりとやっていたようですが、組織的にもっと力を入れて拡大しようと号令をかけたのは、2007年とか2008年あたりだったように思います。その先駆けとして部門を上げて数値解析(CAE)強化に取り組んだのが2004年なので、もう15年も前のことですね。時代を先取りしていたというよりも、「貧乏ゆえにそうするしかなかった」というのが正直なところです。
人もお金も不足するなかで、新しい技術を想像したり、開発プロセスを効率化したりするには、CAEを用いた開発へとシフトするしかなかった。とにかく、よく考えないですぐにフィジカルなものに頼る開発から脱却したかったのです。

それ以前は「何か思いついたら、まずはつくってみろ」という文化があったため、ベテランには猛反発されましたよ。でも、「よく考えてみてくれ」と。あなたの後輩は、あなたと同じ時間をかけて、ようやくあなたと同じレベルに達する。けれど、それでは会社としての進歩がない。
だから、あなたが一度考えたことは、モデル化して、誰でも参照できるようにするべきではないか。そんな風に説得していきました。つまり、モデルベース開発は、同じ努力を繰り返さないための手法でもあるんです。

——導入当初に比べると、現在のモデルベース開発はより洗練されたものになっているのでしょうか?

技術は複雑になっているのですが、多くの現象をモデル化できてきたので、試作エンジンや試作車の数は圧倒的に減らせています。あとは、エンジンの適合にAIを活用し始めたことなどですかね。15年前と比べると、最新の燃焼技術を取り入れたエンジンなどは、気が遠くなるくらい複雑になっていますからね。
無数のパラメータを何千万通りも組み合わせて、最適解を見いだすのは、人間には不可能です。今後もさらにAIを活用していくために、AIのスタートアップ企業との共同研究もスタートしています。

モデルベース開発を進めるに当たっては、地場のサプライヤーとの連携も意識してきました。理想は、各サプライヤーさんとマツダが、同じモデルに基づいて開発を進められるプラットフォームをつくること。そうなれば、意思疎通が一気にスムーズになり、産業全体の効率化も実現するはずです。

「売って終わり」のビジネスモデルは、もはや通用しなくなる

——自動車業界の未来を語る上では、「CASE(ケース)」も外せないキーワードだと思います。Connected(コネクテッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)といった新領域について、ご意見をお聞かせください。


コネクテッドについては、マツダでも取り組みが始まっています。メンテナンスの時期を通知したり、ドアの開閉をスマホで行ったり、緊急時にエマージェンシーコールを発信したり。そういったシステムは実装されつつあります。

難しいのは、それを収益に結びつけていくことです。現時点では、開発コストに見合った利益はどこの会社も得られていないのではないかと思います。だからサブスクリブション型のサービスなども視野に入れつつ、新しいビジネスのかたちを模索しているところです。


——人見さんには、何かアイデアがあるのでしょうか?

そこはもう若い人たちに任せています。私なんかは「コネクテッド?そんなところにお金は出さんぞ」と思う世代ですからね(笑)。年配者をウンと言わせるようなアイデアが生まれることを期待しています。

いずれにしても、これまでの「売って終わり」というビジネスモデルは通用しなくなるはずです。今、自動車の販売価格はグングン上がっていますからね。それは環境規制に対応するための開発コストが上がっているからなのですが、このままだと自動車を購入できる人がどんどん減ってしまう可能性があります。
それこそ若者が新車を買うことなんて、とてもできなくなってしまう。

だから、販売価格は抑えて、購入後に課金してもらうことで利益を得る仕組みをつくっていくべきだと考えています。いかに喜んで対価を支払ってもらえるようなサービスを生み出せるか。そこが勝負になると思います。

日本の電気自動車は、環境に良くない!?

——「電動化」についてはいかがですか? 「環境規制」というキーワードともつながってくると思うのですが。

環境規制は、とにかくどんどん厳しくなっています。内燃機関を搭載した車の販売禁止時期を明らかにする国や地域が増えてきているのです。日本でもこれだけカーボンニュートラルが叫ばれると、「次は電気自動車にしてみよう」という方が増えてくるはずです。ガソリンエンジンの開発をやめるメーカーもでてくるでしょう。すでに若い人のなかにはガソリンエンジンの研究をしようという人が、ほとんどいないと聞きます。でも私は本当にそれでいいのか、と思ってしまうんですよ。

——電気自動車の普及は、いいことでは? CO2の排出量も減らせますし……。

そこが落とし穴なんです。まず電気自動車のバッテリーって、製造時にすごくCO2を排出するんですね。ヨーロッパのように再生可能エネルギーによる発電が普及していれば、トータルでのCO2排出量は減らせるでしょう。けれど日本は電力の多くを火力発電に頼っていて、電気をつくる段階で、すでに大量にCO2を排出しているんです。つまり、バッテリー製造段階で多量のCO2を出す上に、CO2を出しながら発電した電気で走行することになる。今の日本で電気自動車を走らせるくらいなら、燃費のいいガソリン車やハイブリッドカーをつくったほうが、よほど効率的にCO2の排出量を削減できるんです。

——なるほど…! それは盲点でした。

やはり順序が大事なんです。まずは火力発電を減らすこと。それには時間がかかるのだから、その間はガソリン車やハイブリッドカーの効率化をさらに進める。その上で、再生可能エネルギー発電が普及したら、電気自動車へと移行していく。それが最もCO2の排出量を削減できるシナリオだと思うのですが…。このあたりは、一企業だけの問題ではないので、なんとも難しいところです。

自動化とシェアリングは、高齢化社会をサポートできる

——「自動化」についてはいかがですか?

「完全自動運転」は、まだしばらくは不可能だと思います。Googleが何兆円もかけて取り組んでいるのに、まだ市販化できていない。それくらい難しいことなんです。仮に実現したとしても、まず普及するのはタクシー業界や物流業界などで、一般のユーザーが使いやすくなるまでコストダウンするのは、かなり先の話だと思います。

だからマツダでは、今ある自動化技術で、より多くの人に役立つことはできないかと模索してきました。それを言語化したのが「コ・パイロット」というコンセプトです。コ・パイロットとは副操縦士のこと。つまり、補助的に自動運転を活用しようというわけです。より具体的には、運転手が不測の事態で意識を失ったときに、安全な位置まで自動運転で移動できるようにしたい。これが実現すれば、初心者や高齢者も安心して車を運転できるはずです。そういう人に限らずとも、例えば運転中に眠くなるようなことは誰でもあることですので、そのようなことも助けられるようにしたいですね。

——なるほど。「完全」ではなく、部分的な自動化というわけですね。

コ・パイロットの技術が、高齢化社会にも有効だと考える理由は他にもあります。「運転をしている人は、運転をしていない人よりも、認知症の発症率が低い」という研究をご存知でしょうか。実は自動車の運転って、認知症予防にすごく有効だと言われているんです。

だから私たちはコ・パイロットで、高齢ドライバーの安全運転をサポートしていきたい。いつまでもクルマを運転してもらい、いつまでも元気でいてもらいたい。それはマツダの掲げる「人々に人生の輝きを」というビジョンにも合致すると考えています。

——高齢者の運転をいかにサポートするかという問題は、シェアリングの問題ともつながってきそうですね。

その通りで、過疎地域において高齢者の交通手段をどう確保するかは、大きな社会課題です。マツダが広島県の三次市で、ライドシェアの実証実験に取り組んでいるのも、そうした課題意識があるから。高齢化が進んだ過疎地域では、元気なお年寄りがライドシェアで地域の移動手段を担うようにもなると思うんです。そんなときにコ・パイロットがあれば、乗る方も乗せる方も安心できますよね。
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GAFA・BATHなどの巨大テック企業との競争を制するために

——自動車という産業が、社会と密接に結びついていることが、よく分かってきました。少し視点を変えて、Appleなど巨大テック企業の自動車市場への参入についてご意見をお聞かせください。

正直にいうと、Appleやソニー、バイドゥといった巨大テック企業が自動車で何をしようとしているのか、私にはまだよく分からないんです。車内でも大画面で映画が楽しめるとか…? それなら自宅のシアタールームでいいかな、なんて私は思ってしまうのですが(笑)。

ただクルマの使用形態が変化しつつあることは確かです。コロナ禍においては、ワークスペースとしてクルマを活用している方も多いと聞きました。きっとこれからも、クルマに求められる役割は多様化していくはずです。その辺りのシェアをいかに獲得するか、という競争が生まれていくのかと。いずれにしても、どの企業も勝算があって参入してくるわけですから、強い危機感はあります。

——IT企業などと比較したときに、自動車メーカーならではの強みはどんなところにありそうでしょうか?

人命に関わる製品をつくり続けてきた経験、でしょうか。Appleがどんなに優秀な人材を抱えていても、こればかりは一朝一夕にはいかないと思います。工場やディーラーを抱えていることも、強みになるかもしれない。固定費がかかるという意味ではハンデでもあるわけですが、クイックな修理サービスなどは、強みになるはずです。

もちろんこのあたりのことは新規参入を狙う企業も熟知しているでしょうから、製造や修理は既存のメーカーに外注すると予想しています。私たちはそこでしっかり稼ぎながら、自分たちのビジネスモデルも磨いていく。そんな戦略を思い描いています。

必要なのは、「汗」よりも「知恵」が評価される文化

——競争が激化するなかで、マツダをはじめとした自動車メーカーが生き残っていくためには、何をするべきでしょうか?

まずは広くアイデアを募ることだと思います。「クルマという空間や、そこから得られるデータを活かして、新しいサービスをつくれませんか?」と、社内外を問わずに呼びかけてみるのも一つの手ではないでしょうか。そこで優れたビジネスアイデアがあれば、私たちはプラットフォームとして手数料をいただくだけでも構わないと思うんです。それくらい柔軟に考えていかないと、クルマしかつくってこなかった私たちが、巨大テック企業に勝てるわけがないですよ。

それと同時にメーカーのなかでも、寝ても覚めても未来のことを考えているような人材を育てていくべきです。そのためには、評定制度から変えていく必要があるでしょう。今の自動車業界では、新しいことを考える人よりも、目の前の課題に愚直に取り組める人ばかりが、どんどん偉くなってしまう。知恵より、流した汗の量で評価される世界なんです。それでは多様化する時代についていくことなんてできませんよ。残業なんてしているようでは絶対にダメ。まずは定時で帰って、本を読むなりなんなり、どんどん新しいものに触れるべきです。そこからしか、本当の変革は生まれないと思います。
マツダの天才エンジニアとして知られた人見氏が本音で語るDX!Appleなど巨大テック企業が参入するなか、日本の自動車メーカーの生き残り戦略とは?
人見 光夫

人見 光夫

マツダ株式会社 シニアイノベーションフェロー

1979年4月、東洋工業(現マツダ株式会社)入社。2000年10月、パワートレイン先行開発部部長。2007年8月、パワートレイン開発本部副本部長。2010年2月、パワートレイン開発本部長。2011年4月、執行役員 パワートレイン開発本部長、コスト革新担当補佐。2013年6月、執行役員 技術研究所・パワートレイン開発担当、パワートレイン開発本部長。2014年2月、執行役員 技術研究所・パワートレイン開発担当。2014年4月、常務執行役員 技術研究所・パワートレイン開発・電気駆動システム開発担当。2015年4月、常務執行役員 技術研究所・パワートレイン開発・統合制御システム開発担当。2017年4月、常務執行役員・シニア技術開発フェロー 技術研究所・統合制御システム開発担当。
2019年4月、シニアイノベーションフェロー。