街を歩いていると、“紳士”という言葉がよく似合う粋なおじさまに出会うことがある。

昔の白黒映画で観たような装いには、現代のビジネスマンにはあまり感じられない気品と余裕が漂っている。
こんな素敵な装いがどうして現代のビジネスマンに見られなくなったのか、そもそもスーツに帽子を組み合わせる着こなしはいつ頃から日本で主流となったのか気になったので調べることにした。

静岡県浜松市で1950年からオーダーメードスーツを作り続ける「テーラー新屋」の3代目國枝大祐さんにお話を伺った。
「昔はスーツに帽子を合わせるというより、現代の礼装のようにネクタイや帽子も含めてスーツという一つの装いであるとされていました。帽子はあくまでも寒さや暑さから身を守る生活必需品であったようです。また当時、ロンドンで出版されたエチケット本の一節には、紳士か非紳士か見分けるコツとして、訪問時の帽子の脱ぎ方が例にあげられています。それぐらい紳士にとっては、スーツと帽子は切り離せない存在だったのでしょう」

当時の紳士にとっては、それぞれの服装にあった帽子を選ぶことは身だしなみの一つだったらしい。
では、日本でその装いが主流になったのはいつ頃なのだろうか?
「日本では、洋服が一般に着られるようになった明治時代頃からスーツに帽子を組み合わせる装いが取り入れられ、着こなしのお手本書などもあったそうです。『スーツ+帽子』の文化が根づかなかった原因としては、生活様式が異なるため欧米文化の表面的な部分しか取り入れられなかったことが大きかったのではと思います」

スタイルをまねても、日本人は日本人。欧米で重んじられた紳士のスピリットまでは広く浸透しなかったようだ。しかし、おじさま世代ではスーツと帽子の組み合わせはごく自然なもの。だからこそ、今もその装いが生きているのだろう。あの漂う気品は、紳士の風格であったのだと思うと納得できる。


知り合いの若いビジネスマンに「スーツ+帽子」の装いについて尋ねてみると、皆カッコイイと思うものの、自分ではスーツに帽子を被ることは「恥ずかしい」と答えた。理由は、誰もやっていないからやらない。協調性を重んじる国民性が、せっかくの文化を摘んでしまっている気がした。
そして、最後に國枝さんはこう続けた。
「私の好きなフレーズにイヴ・サン=ローランの『Fashions fade, style is eternal(ファッションズ フェード、スタイル イズ エターナル)』という言葉があります。ファッションは廃れるが、スタイルは永遠に続くものであるという意味です。
個人的には、この言葉通りスーツのスタイル(ネクタイや帽子を含めて一つの装い)は変わることなく続いていくのではと考えています。そう思うと、今後またスーツと帽子を組み合わせるスタイルが主流になることもゼロではないかもしれませんね」

その言葉が、すっかり老紳士ウォッチャーとなった私に希望を与えた。若いビジネスマンには、ぜひ老紳士の装いから大人の男の余裕と気品を学んでほしいと勝手に思っている。
(うつぎ)