ちなみに知人は、手紙のなかで「あなたの国では燐鉱石の採掘が盛んだそうですが、それだけでは資源が枯渇したときに困りますよ」と忠告していたという。
こんな話を思い出したのも、先頃文庫化された『国マニア』を読んでいたら、ナウルのことがとりあげられていたからだ。
それによると、この国は、島全体から採掘される燐鉱石(肥料の原料になる)を輸出して莫大な富を得ていた。このため、税金や教育費はタダ、人口1万人強のうち58%を占めるナウル人は年金で十分に暮らせるのでほとんど働かず、労働は出稼ぎの外国人まかせっきり……という状態が長らく続いていたのである。
しかし知人が忠告したとおり、燐鉱石は21世紀に入るころには枯渇。2003年には、賃金未払いが続いた労働者、さらに収容料めあてに隣国のオーストラリアから引き受けたアフガン難民やイラク難民からも不満が爆発、暴動が起きた。この混乱のなか、大統領官邸にたった1台あった国際通話が可能な電話機が壊されたため、一時は「国ごと音信不通」という状態にまでおちいっている。
まさに悲喜こもごもの国ナウルについては、じつはぼくも雑誌でその混乱ぶりを記事に書いたことがあるし、『アホウドリの糞でできた国ーーナウル共和国物語』という本も出ているが、いや、あらためて見るとやっぱり変だわ、この国。
『国マニア』は、そんなちょっと変わった世界の国々や地域を軽妙に、ときにはマジメに紹介した1冊だ。
ナウル以外にぼくが印象に残った国をあげるなら……漂着した男たちが女をめぐって殺し合いを繰り返したという、桐野夏生の『東京島』(今月映画も公開されますね)を地で行くような歴史を持つ南太平洋の“絶海の孤島”英領ピトケアン島(もっとも『東京島』のモデルになったのは、太平洋戦争後にマリアナ諸島のアナタハン島で起きた事件だといわれるが)。ソ連崩壊後も最高議会である「ソビエト」が残り、広場にはいまだにレーニン像がそびえたつ沿ドニエストル共和国。さらには、イギリス沖合いの公海上にある人口わずか4人という“自称独立国家”シーランド公国といった怪しげな国まで登場する。
国々の紹介もさることながら、ことあるごとに現われる著者のユニークな表現や意見がまた関心を引く。たとえば、香港返還時に中国が導入した「一国二制度」を、ロシアとの北方領土の返還交渉にも取り入れられないかと提案してみたり、あるいは、中国の民族には人為的につくられたものが多いという事実を、「日本でいえば、秋田県の山間部で狩猟を行なうマタギ衆を、政府が少数民族の『マタギ族』だと認定するようなもの」とたとえていたのには、妙に腑に落ちた。
いや、もっとおもしろいのは著者自身かもしれない。「あとがき」でもあかされているように、著者の吉田一郎氏は、出身地である埼玉県の旧大宮市が、浦和市と与野市と合併してさいたま市となってからというもの著しく不公平な立場に置かれているとして、「大宮市亡命市役所」をウェブ上に“樹立”、大宮の自治と独立を訴えはじめた。さらに2007年には、これを公約に掲げ、さいたま市議選に立候補、みごと当選をはたしている。『国マニア』というこの本のタイトルは、ダテではなかったのだ。(近藤正高)