去る11月10日(水)、丸善丸の内本店で行われたジェフリー・ディーヴァー講演会の独占レポートもいよいよ、今回で最終章。原稿は書きあがった。
しかし、長すぎるし、ヘタ! というのが前回までのお話。

さてさて、この後、ディーヴァーは何をどのようにして“ベストセラー”を生み出すのか。早速、見てみよう。

■第一稿のラストシーンをリライト

さて今から、この『死のための青写真』のラストシーンを少し読んでみます。

犯人はビルの上に登り、誰かを殺そうとしています。捜査官の名前は仮に<カールソン>としておきます。
そして犯人の名前は<暗殺者>とします。

第一稿はこんな内容です。
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息をあげて、あえぎながら、カールソンは暗殺者が100フィート下の犠牲者を狙う給水塔への階段をのぼった。30分前に負った身体の傷からの出血と痛みに耐えて一息つきたい、休みたいという欲求と闘った。彼は疲れ切って大汗をかきながらジャケットに手を伸ばした。彼の手には13発の命とりとなる40口径の弾を装填したブロック23が握られていた。
綿菓子のような彼の最後の力を振り絞って、ドアを蹴破り、中に飛び込んだ。大きく目を見開いて暗殺者はさっと振り向く。
「どうやって、俺をみつけたんだ」
カールソンは言う。
「日曜日からずっとつけていたんだ。おれたちのチームのなかのひとりの警官が、お前の賄賂で寝返っていたことは知っていたよ。そうでなければ、機会があったときにやつを殺していたはずだろう」
まるで稲妻のように殺人鬼がブッシュマスターM4.223 セミオート突撃銃をカールソンの胸に向けた……。

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…………。今、笑っている人はいい編集者になれますね。さて、続けましょう。

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しかし、警官はこのような状況のためのトレーニングを受けている。敵が反射的に銃の引き金を引いてしまわないように、敵の前頭葉にサスパスの銃弾を撃ち込むトレーニングを常に受けている。そして彼はその通りにした。
殺人鬼は聞き取れない声で祈りをつぶやき、床へと崩れ落ちた。
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以上です。さて、これらを編集していきます。英語と日本語では文法上の差異もあるかと思いますが、やっていることを聞いていただくとおおよその雰囲気はつかんでいただけると思います。

“息をあげて、あえぎながら”
冗長なので片方だけで構いません。

“カールソンは暗殺者が100フィート下の犠牲者を狙う給水塔への階段をのぼった”
ここはこのままでいいでしょう。


“30分前に負った身体の傷からの出血と痛みに耐えて”
冗長ですね。両方はいりません。
「身体の傷」……身体以外の傷はありませんね。これはクリシェ(決まり切った言い方)です。「30分前に傷を負った」ということも、これより前に書いてありますから、改めて書く必要はありません。

“一息つきたい、休みたいという欲求と闘った。

冗長なので削除します。

“彼は疲れ切って大汗をかきながらジャケットに手を伸ばした。彼の手には13発の命とりとなる40口径の弾を装填したブロック23が握られていた”

文法上のことなのでちょっとわかりづらいかもしれませんが、原文ではまるでピストルが大汗をかきながら疲れきっているような文章になっています。また、銃ではなく、「彼の手」に13発の銃弾が装填されているような書き方です。そして「命取りとなる弾」……命取りにならない弾はありません。

“綿菓子のような彼の最後の力を振り絞って、ドアを蹴破り、中に飛び込んだ。”
ヒーローを綿菓子に例えるのは、ふさわしい表現ではありません。
“大きく目を見開いて暗殺者はさっと振り向く。「どうやって、俺をみつけたんだ」
カールソンは言います。
「日曜日からずっとつけていたんだ。おれたちのチームのなかのひとりの警官が、お前の賄賂で寝返っていたことは知っていたよ。そうでなければ、機会があったときにやつを殺していたはずだろう」“
……しゃべるヒマがあったら撃て!
(会場爆笑)

“まるで稲妻のように殺人鬼がブッシュマスターM4.223 セミオート突撃銃をカールソンの胸に向けた”
“しかし、警官はこのような状況のためのトレーニングを受けている。敵が反射的に銃の引き金を引いてしまわないように、敵の前頭葉にサスパスの銃弾を撃ち込むトレーニングを常に受けている。そして彼はその通りにした。”
……トレーニングを受けていたのなら、ただ反応して撃て!

“殺人鬼は聞き取れない声で祈りをつぶやき、床へと崩れ落ちた。”
聞き取れない声だったのなら、なぜそれが祈りだとわかったのか。
このように、たいてい一つひとつはたいした間違いではありません。しかし、これらが積み重なると「レバー味の歯磨き粉」ができあがってしまうのです。

私たちは何をすべきなのか。パニックを起こす必要はありません。リライトをすればいいのです。

■最終稿が完成!

“息をきらしながらカールソンは給水塔へと登り、ドアを蹴破って暗殺者の頭を撃った”
(会場爆笑)

私はいつもアーネスト・ヘミングウェイの「素晴らしいライターはいない。素晴らしいリライターがいるだけだ」という言葉を肝に命じ、50〜60回は書き直します。

こうしてできあがった最終稿は出版社に手渡されます。同時にハリウッドにも送られます。そして、ハリウッドの映画スタジオから「本を読んでみたんだけれど、すごく気に入ったよ」という連絡が入ります。

彼らは言います。
「でも残念ながら、ブルース・ウィルスがほぼ似たようなストーリーのやっているんだ。『ダイ・ハード<7> 〜建築家の復讐』というタイトルでね」
(会場爆笑)

ちょっとがっかりしていると、また、別の映画スタジオから電話がかかってきます。

「あなたのストーリーは本当に素晴らしかった! ただ、ちょっとだけ変更を加えさせてもらえませんか。……テロリストと建築家のスリラーではなく、SFファンタジーにしたいんです。秘密裡に世界には並行の世界があり、“18世紀の図面”によってそれがはっきりわかるというストーリーです」

私はこう答えます。
「それは非常に面白い話ですね。でも私が考えたアイディアではありません。なんで私がお金をもらえるんでしょうか?」

彼らは言います。
「……じつは、あなたのストーリーはさほどいいと思わなかったんです。でも、タイトルは良かった!」

そこで、私は5秒間ほどモラルの葛藤に悩み、エージェントに対して「ぜひ、お仕事をさせていただきたい」と伝えます。


■ブックツアーの始まり

これで「本を書く」というプロセスは、ほぼ終了です。そして、次は私が最も楽しんでいる段階です。暗い部屋から出てみなさんと出会う瞬間−−ブックツアーに出るときがやってきます。

私がブックツアーをやる理由は2つあります。一つめの理由としては、ファンのみなさんに会えるのが本当に楽しいからです。もう一つは私にとって「本を書くことはビジネスだから」です。みなさんの“声”を聞きたいのです。

数年前、カリフォルニアで開催されたイベント時のことです。私はある本屋で、今日と同じようにスピーチをしていました。
話が終わると、恐らく80歳くらいだと思われる女性がやってきました。

「私はこの本屋さんの隣にある老人ホームに住んでいます。よく読書会を開いていて、あなたの本が出版されると、すぐに読んでいますよ。いちばん最近の本も読みました。そこでちょっと気になることがあって……。あなたの本の中に登場する“暴力”について質問があるんですが……」

私はちょっと心配になりながらも、「どうぞ。どのようなことですか?」と答えます。

すると、彼女はこう言うのです。
「最近、どうもヤワくなってるんじゃないかしら?? 『ボーン・コレクター』では、“アイツ”の上をネズミが這い回っていたじゃない? それなのにこの本では2〜3人撃たれて死んだだけでしょ。……初心に返って!」
(会場爆笑)

もちろん、こう言われたからと言って、これから私が書く本がグロテスクな内容になるかといったら、そういうわけではありません。


■サスペンスの理想はヒッチコック

「サスペンス」ということでいうと、私はアルフレッド・ヒッチコックのモデルが理想だと考えています。一言で言い表すとしたら「「映像でで見ても非常に楽しめる内容である」ということです。

映画「ソウ」(SAW)シリーズのように血がドクドクと流れるグロテスクなものを見せるのは簡単です。しかし、サスペンスをつくりあげるのは至難の業なのです。

読者、そして視聴者の方々にサスペンスを提供することが私にとっては大きな喜びです。みなさんを喜ばせることができれば、その商品は「ペパーミント味の歯磨き粉」です。

さて、本のツアーが終わりました。私の本がベストセラーのところに並んでいます。

リムジンがやってきて、私の家の前に止まります。車の後ろにはバスタブまでついている豪華さです。そして、自家用ジェット「ボーイング747」で南フランスに飛び、ビーチに寝転びます。私の唯一の心配事といえば、ココナッツとバナナ、どちらの香りの日焼け止めを選ぶかということくらい。私が傍らにいたビキニ姿の女の子に「どちらにしたらいいと思う?」と尋ねると……。

そこで、ブラックベリーのベルが鳴り始めます。
また、11月14日になってしまいました。

会場は笑い声と大きな拍手に包まれ、講演終了。だが、ここで終わるわけがない。何せ、相手は“どんでん返し”の巨匠たるディーヴァーなのだ。続く質疑応答では世界的ベストセラー作家を唸らせる質問から愛の告白まで飛び出し、大盛り上がり。その様子は「翻訳ミステリー大賞シンジケート」に掲載予定。同サイトでは担当編集者による「ジェフリー・ディーヴァー日本滞在記」が連載中(過去最高のアクセス数を記録したらしい)。

まだまだ続くよ。ディーヴァー祭り!

「ディーヴァーってぶっちゃけ、よく知らないんだよね?」という方は、NEWS本の雑誌の「J・ディーヴァーの創作の秘密とは?」をご覧あれ。ダンディで、ライフルを持っているに違いないとTwitterで評判のミステリ書評家、杉江松恋さんが手取り足取りディーヴァーについて教えてくれます。押忍!(島影真奈美)

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