NHK総合の異色の歴史番組「タイムスクープハンター」のシーズン3が今夜(7月14日22時)、最終回をむかえる。歴史上の名もなき人びとの営みを記録するべく、未来から時空を超えてやって来たタイムスクープ社所属のジャーナリスト・沢嶋雄一(要潤)が、各時代のさまざまなできごとをレポートするという、いわば“フェイク・ドキュメンタリー”だ。


最終回を前に刊行された『タイムスクープハンター タイムスクープ社オフィシャルブック』(学研ムック)では、これまでの放送内容とともに、タイムスクープハンターに関する設定が事細かに紹介されている。出演者である要潤や杏がそれぞれ沢嶋雄一と古橋ミナミという番組中の登場人物としてインタビューで答えているのも面白い。ただし、スタッフへもその企画の経緯や制作上の苦労話など、そのあたりももうちょっとがっつり読みたかったところだけれども(ここらへんは、「マイコミジャーナル」での、制作統括の下田大樹と、監督の中尾浩之へのインタビューで補足したい)。

NHKでは現在、「タイムスクープハンター」以外にもさまざまな歴史番組が各チャンネルで放映されている。NHK最初の毎週定時の歴史番組は、1970年に登場した「日本史探訪」(1970~76年)とのことだが、現在放送中の「歴史秘話ヒストリア」はこの流れを汲む。ただ、あくまで個人の感想ながら、「ヒストリア」はどうもあっさりしていて、何となく食い足りない。
かつてNHKのこの手の番組には、歴史に埋もれた新事実や、あるいは作家や学者による新説・異説がバシバシとりあげられていた気がするのだけれども……そう思う向きには、BSプレミアムで放映中の『BS歴史館』がおあつらえ向きかもしれない。「BS歴史館」はどちらかといえば世界史から多く題材をとり、日本のできごとをとりあげる場合でも、世界との関係からひもといたものが目立つのが特色だ。

BSプレミアムではもうひとつ、「らいじんぐ産~追跡!にっぽん産業史~」という番組も、戦後日本の生んだ数々のヒット商品の開発の歩みを丹念にたどっていて楽しめる。企画としてはひと昔前の人気番組「プロジェクトX」を思い起こさせるが、ひとつの商品の進化を比較的長いスパンでたどっているという点で異なる。また、アートディレクターである佐藤可士和の司会がわりとクールなこともあってか、湿っぽくなくていい。

Eテレ(旧・教育テレビ)に目を向けると、「さかのぼり日本史」という番組がこの4月より放映中だ。
その名のとおり日本史を過去へとさかのぼりながら、現代の問題の原点を見出そうというものである。毎月、ひとりの専門家をゲストに、石澤典夫アナウンサーがVTRを挟みつつ進行するというオーソドックスな形式ながら、問題の核心を突いていて毎回感心させられる。

ところで、NHKの歴史番組の傑作といわれる「歴史への招待」(1978~84年)のディレクターたちの座談会を読んでいたら、出席者が口をそろえて「再現ドラマ」は禁じ手にしていたと発言していて興味深かった。《「再現ドラマ」は多分ね、カネはかかるし、力のかけ方もそっちに収れんしていって、肝心な部分とは違う方に目線がいっちゃうと思うんです》ということらしい。

たしかに、番組のなかで再現ドラマを挿入されると、興醒めしてしまうことがある。だがこれを、発想をまるっきり引っくり返して、ドラマでドキュメンタリーをやるとしたらどうだろう。
『タイムスクープハンター』にはそんな逆転の発想を感じる。あらためてこの番組の特色をあげるとしたら、次のようなものになるだろうか。

●英雄など著名な人物ではなく、歴史のなかに埋もれた市井の人たち(それを演じるのも有名な俳優ではない)の営みにスポットを当てている。
●タイムトラベルというSF的要素を歴史番組に盛り込んだ。
●出演者にカツラではなく実際に髷を結わせたり、照明にロウソクを使うなど、リアリティを徹底的に追求している。

考えたら、どれもこれも従来の歴史番組の常識からいったら掟破りのことばかりといえる。
歴史上の有名人が一切出てこないという一点からして、かなりの冒険だったと思う。

私が初めてこの番組を目にしたのはおそらく、2008年9月、レギュラー化を前にパイロット版として放映された「お氷様はかくして運ばれた」(その後、DVDの第1弾に収録)だったはずだ。これは江戸時代前期、加賀藩(現在の石川県)から江戸の将軍家に献上するため、徒歩で氷を運んだ飛脚たちを追ったものだった。途中、飛脚たちが山賊に襲われて氷を奪われるなど、次々と起こる予想外のできごと、それに手を貸すことなく努めて冷静にレポートする沢嶋。どれも新鮮だった。さらに終わりがけ、江戸到着直前に飛脚たちが氷にわざと汚れをつけるシーンが出てくる。
きれいな状態で届けると毎回そのクオリティを求められてしまうため、あえてそのリスクを回避するべくそういう行動をとったのだという。このあたりの史実にもとづくディテールの細かさからは、飛脚たちのしたたかさなど深い人間味を感じた。

その後、2009年4月からレギュラー番組として放送されるようになってからも、室町時代末期に流行した「闘茶」(茶の種類を当てる一種の賭け事)をとりあげた回(09年5月13日放映の「沸騰!闘茶バブル」。DVD第1弾に収録)など、題材のセレクトからして興味を惹かれるものが多かった。今年5月に始まったシーズン3でとくに面白く見たのは、「髪結い ちょんまげ騒動記」(2011年5月19日放映)だ。髪が薄くなってマゲを結えなくなった武士が、なじみの髪結い職人にカツラを発注して、それが手元に届くまでを追ったものだが、これが、家督をめぐる息子との争いが絡んでくることでハラハラドキドキの展開を見せる。
カツラだけで45分間引っ張った歴史ドラマなど、空前にして絶後ではなかろうか。

かつて、NHK大河ドラマの第3作「太閤記」(1965年)では、冒頭、開業まもない東海道新幹線が、豊臣秀吉の生地・尾張中村まで視聴者をいざなった。NHKの歴史番組の原点は、まさにここにある。このとき演出を手がけた吉田直哉は、もともとドキュメンタリー畑の出身であり、「太閤記」をつくるにあたっても「過去と現代の対話」という、それまでの時代劇になかったテーマに掲げた。これこそ、茶の間で見るテレビの時代劇にもっともふさわしいものだと吉田は考えたのである。

《過去にのめりこみ、過去の雰囲気にひたったままでは、過去と対話することはできない。かといって、現代人の立場にしがみついたままでも、良い対話はできないであろう。
だから、天文・永禄[秀吉の生きた時代――引用者注]の人間になったつもりで、さまざまな出来事を記録し、それを現代に帰って来て構成し、放送するという姿勢をとるために旅立とうと考えた》(吉田直哉『私のなかのテレビ』

ここで言われていることはたぶん、「タイムスクープハンター」にいたるまでNHKの歴史番組に脈々と引き継がれてきたことだと思う。もちろんその具体的な手法は、時代を追うごとに変化してきたわけだけれども(「太閤記」では当時最先端の新幹線が用いられたのに対して、「タイムスクープハンター」ではSF的手法が取り入れられるという具合に)、でも志向としてはちっとも変わってはいまい。

テレビにおける「過去と現代の対話」とはべつの言い方をすれば、「歴史への視聴者の参加」ということになるだろう。舞台や映画といったそれまでのメディアと違い、テレビはその受け手の参加する余地が圧倒的に大きかった。歴史番組でもそんな特性に見合った手法が模索され、その結果、「太閤記」をはじめさまざまな名作が生まれたわけである。

一般人が参加するメディアとしては、いまではテレビ以外にインターネットがある。両者がリンクすることで、また新しい歴史番組が登場する可能性があるかもしれない。「タイムスクープハンター」はそれを予感させるものでもあった。事実、この番組とネットとの相性のよさは常々感じていた。その証拠に、同番組のオンエア中にはツイッターで番組の展開を実況するツイートがたくさん現れる。今夜の最終回もツイッターのハッシュタグ「#timescoop」で流れてくるツイートをチェックしながら、よりいっそう楽しみたい。(近藤正高)