夏の夕暮れに縁側でビール飲みながら拾い読みするのに最高の本が出た。スコラムック『スポーツ選手 この異名がすごい!』だ。
たいへんに東スポ感あふれる表紙デザインを見ればわかるように、様々なスポーツ界に名を残す選手たちの異名、すなわちニックネームばかりを集めて解説したものだ。
異名が付けられやすいスポーツといえば野球界とプロレス界が双璧をなすと思うが、それ意外にも、サッカー、柔道、ゴルフ、ボクシング、大相撲、その他各種格闘技などなど多岐に渡る。

スポーツ選手の異名と言われて咄嗟に何を思いつくかは、自分が生まれた年代によってちがってくるだろう。昭和36年生まれのわたしは、やはり「人間風車」(ビル・ロビンソン)、「燃える闘魂」(アントニオ猪木)、「ゴッドハンド」(大山倍達)、「銀盤の妖精」(ジャネット・リン)といったあたり。もちろん、これらはすべて本書の中で紹介されている。他にも「あー、こんな異名のヤツいたなー」っていうのが次から次へと出てきて、なんともいえず楽しい。


異名というのは、基本的にはその人物の得意技や外見的な特徴をデフォルメしてつけるものだと思うが、単に奇麗にまとめただけでは、異名としてのインパクトは薄い。そこにホンの少しの悪意が匂ってこそ、異名は人々の心に残るのだ。
「ハニカミ王子」(石川遼)なんて、最初にこれを考えた人がペロッと舌を出している様子が見えるようだし、「顔面達磨大使」(藤原喜明)は古舘伊知郎が考案したらしいが、皮肉を尊敬でコーティングするのがうまい古館らしい見事な異名といえる。

日本プロ野球界で最高の異名といえば、長嶋茂雄の「ミスター・ジャイアンツ」であるのは異論がないと思う。本書でもそのことはちゃんと採り上げられている。
ちなみに、長嶋茂雄は日本のプロ野球カードの元祖でもあることをご存知だろうか。
カルビーのポテトチップスには1973年からプロ野球カードが1枚おまけとしてついていて、その記念すべき第1号(カード番号#1)が長島茂雄なのだが、カードの裏面にはこんなことが書いてある。

〈ミスターの由来:ナインは長嶋選手を「ミスター」と呼ぶ。それは「ミスター・ジャイアンツ」を意味すると同時にミスター・プロ野球でもあるわけだ。ミスターの呼び名は常に他の選手の模範であり、プレーをしても見本となるべきことを忠実に行なうことを約束させられた人に冠される敬称である。君達も長嶋選手のように“ミスター”と呼ばれるような人になろう。〉

どうこれ! 日本の野球カード史に残る名文句なんだが、異名研究的にも貴重な資料じゃないかと思うね。
さすがは、たかがポテチのおまけカードが市場価格1万円もするだけのことはある。

本書では採り上げられていなかったけど、大相撲の若乃花が「お兄ちゃん」って呼ばれてたのも、一種の異名ではないだろうか。横綱なのに「お兄ちゃん」。そりゃ若貴兄弟の兄だから当たり前なんだけど、マスコミが若乃花を「お兄ちゃん」と呼ぶときには、ある種の言葉にしにくい微妙なニュアンスがそこに感じられたものだ。

それから、ゲーム業界にはかつて「ファミコン名人」という存在がずいぶんたくさんいた。「ファミコン名人」って、よく考えたら「ヨーヨー名人」とか「スーパーカー博士」とか、まるで小学生みたいな異名だけど、ゲームメーカーの広報担当者がゲームイベントで上手なデモンストレーションプレイをして見せることから、いつしか「名人」と呼ばれて定着していった。
名人界の筆頭は元ハドソンの高橋名人(高橋利幸)だ。16連射というわかりやすい必殺技を持っていたことから、その名前を一気に世間へ浸透させた。

格闘ゲームがブームになったときには、「ブンブン丸」とか「新宿ジャッキー」とか「池袋サラ」といった異名のゲーマーがたくさん生まれた。でも、これらは異名というよりプロレスにおけるリングネームみたいなものかな。いちおう、ゲーマー篠原元貴の「ブンブン丸」は元ヤクルト池山の「ブンブン丸」が元ネタだろうとは思うが。

いま、旬な異名が採取できる場としては、テレ朝の「大改造!!劇的ビフォーアフター」がある。
「コントラストの開拓者」(岡部克哉)とか、「体感面積の野心家」(三澤護)とか、「立体空間のアルピニスト」(野口修)とかいうアレだ。ファッション雑誌「メンズナックル」のストリートファッションのキャッチコピーもそうだけど、こういうの考える仕事って楽しそうだなあ。

「美人すぎる○○○」っていうのも、ある意味では異名と言える。「美人すぎる市議」、「美人すぎる海女」、「美人すぎる住職」。これらが異名になるということは、言い換えれば本来これらの職業に就く女性は「美人でない」と言ってることにもなるわけで、よく考えたら失礼な話だよなー。
とか言いつつ、エキレビでも「美人すぎるライター」を売り出そうとしたことがあるね。
ヤバい! 血の雨が降るぞ!(とみさわ昭仁/若作りな蒐集原人)


発売を記念して、8月2日には新宿ロフトプラスワンでトークライブも開催される。執筆者たちによる数々の異名の生解説や、隠された逸話が聞けるとのこと。チケット予約はこちらから。