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『城を噛ませた男』伊東潤
天正17(1589)年、北信の地にて真田安房守昌幸は焦っていた。今や天下人となりつつある豊臣秀吉に関東の支配者である北条家を攻めさせて戦の中で武功を上げ、あわよくば一国の主になろうという目論見が、水泡に帰そうとしていたからだ。北条が戦を始めなければ豊臣は動かない。均衡を破る策として昌幸が思いついたのは破天荒な奇策であった。わが城を餌として投げ出し、北条家に攻めさせればよいのだ――。(表題作)
『城を噛ませた男』は全5篇を収めた作品集で、戦国時代の関東を舞台としている。いずれの話でも、主役を務めるのは知名度のある武将ではない。北条、上杉、武田といった大大名の顔色をうかがうことなしには生き延びることができなかった。あるときは知略をもって生き延び、またあるときは小勢力なりに意地を貫き通した。そうした戦国人たちの群像が生き生きと描かれるのである。
たとえば巻頭に収録された「見えすぎた物見」は、下野国人・佐野一族を紹介する一篇である。大勢力に領土を挟まれた佐野領は頻繁に旗色を変えなければならない運命にあった。筆頭家老の天徳寺宝衍は文字通りの土下座外交で同家の命脈をつなごうとするのである。「地に這いつくばっても民のために尽くすことが、われらの拠り所」と言い切るたくましさに魅了される。