あっ!
今見てたでしょ、あたしのこと見てたでしょ?
見てない? そんなはずはないわ、ほら目が合ったもの。
見ないで、私のことを見ないで。
やめて! 私の心を読むのをやめて!

自意識過剰な状態に一度陥ってしまうと、なかなか抜け出せないもの。
『空が灰色だから』は少年少女の狭窄した視野を描いた短編オムニバスです。
タイトルがいいですよね。
灰色だからなんなの。そう実際はどうでもいい。けれども曇天だから憂鬱で死にたくなる人だっているんです。

どうでもいいかもしれないと思うことでも、少年少女時代にはそれがとてつもなく重たい出来事になるもの。
そしてうまくいかない。
うまくいかないからある程度頑張ればいいよね! そうしたら世界は打開できるよね!
打開できますか?できないこともあるんじゃないかな? 
ハッピーエンドを迎えられるかというと、現実そんなに甘くないんだ。
逆に「もうダメだ、私はだめだ、死ぬしか無い…」という状態だったのが、気づいたらなくて実は幸せだったり。
ままならねえなあ世の中。

たとえば「第6話『今日も私はこうしていつもつまらなさそうな顔してるあいつとつまらない話をして日を過ごしていくのだ』」(※これタイトルです)で、眼鏡をかけたヒロインはくされ幼馴染の少年に話しかけます。

ほら、ネクタイが曲がってる! 高校生にもなって私がいないとダメなんだから。
少年はぱっとしない表情で彼女の言うことを聞き流していますが、その様子はさながら世話焼き女房とくされ幼馴染の少年です。甘酸っぱいね。
しかしこの作品集は油断ができません。この二人の関係、ヒロイン側からの視点で描かれています。
ヒロイン側の視点から描かれているということは、他の視点からみたときはその関係は違うという可能性があるんです。

実際彼女たちの関係は……おっと、これは読んでのお楽しみ。

自分から見た世界への感覚を「自意識」とした場合、ある一定のラインでそれは「現実」とマッチするものです。成長するってそういうことです。
でも100%マッチすることはありません。必ず幾分かズレが生じます。大人になっても、老人になっても。

それが誤解や不安の種になっていくわけですが、こればっかりはしょうがない。主観100%なんてあり得ないんです。
ましてや思春期となると、自分の見ている世界は本当に正しいんだろうかと不安になることも多々あるもの。
私はこう思っているけれども、みんなはそう思っていないんじゃないだろうか?
ポップな絵柄と執拗に描きこまれた背景の中、キャラクター達は強烈な主観をもってうろつきながら、外側からのカウンターをくらいます。

これが一番恐ろしい所でもあるんですが、主観と現実の境界線が非常に不安定で、読者も飲み込まれていく構造になっているんです。
読めば読むほど、どっちが正しいかわからない。
いや正しい間違いじゃないんだけど、どこに着地するのか見当もつかない。
ハッピーエンドになるか、バッドエンドになるか最後のページの最後のコマにたどり着くまでわからない作品ばかりなのです。
もっとも「ハッピー」「バッド」と物語は二極化するものではありませんが、それでも救われない話はとことんまで救われず、キャラは主観の海の中で溺れてしまうので読んでいて心がざわつきます。ここはサイコホラーではないんですが限りなく近い状態まで持ち込まれるので、覚悟が必要でしょう。
かと思えば覚悟が空振りするかのごとくさっくり終わることもあります。「案外大したこと無いよ?」というサラっとした感覚もまた、現実的です。


「第12話『ガガスバンダス』」では、少女が二人の友だちと学校の帰り道で話をしているシーンからはじまります。
友人たちは「じゃあさ、ガガスバンダスってみんなもやってるでしょ」「ああガガスバンダスねー」と自然に会話しますが、主人公はわかりません。わかんないといったらバカにされるので「知ってるよ、ガガスバンダス」と乗ってしまうのです。
でもこの物語の中では「ガガスバンダス」とは何か一切語られません。読者と主人公は完全においてけぼりになります。
しかも「ガガスバンダス」トークは何度もループします。ループする上に主人公のクラスがいつの間にか変わったり、衣装が変わったりします。ループしてもループしても「ガガスバンダス」が何かわからないまま、物語は終わります。
極めて不条理なマンガなんですが、読んでなんとなく感覚的に理解出来る人きっといると思うんです。
クラスでみんなが知らない話をしている。
ぼくは、私は置いてけぼりを食らってしまっている。
ひょっとしてみんなに騙されているんじゃないだろうか?
自分だけこの世界からはじき出されているんではないだろうか。
ああ、自意識過剰。
笑い事じゃないよ、深刻だよ。

世の中、自分という切り口以外にもたくさんの切り口があります。
その無数の切り口から覗き込むことで世界は陰鬱にもなるし、光り射す幸せな空間にもなります。
1つずつ、その物語がどこに着地するのか分からないハラハラ感がみっちり詰まっている本作。どれもこれもたどり着くのは、自意識の外にある「現実」。是非とも巻き込まれてください。
というわけで、ぼくは「好きな人の笑顔」を輸入物の「少女の残酷な裏切り」で炊いてガガスバンダスかなっ?

『空が灰色だから』(少年チャンピオン・コミックス)
(たまごまご)