凶悪犯を殺したら10億円もらえると聞いて、日本全国から1億2000万もの人たちが大挙して犯人を追ってくる。
狂人じみたにわか殺し屋たちの猛攻から、犯人の命を守る任務を帯びたSP(セキュリティーポリス)たちの死闘を描く映画が「藁の楯」(三池崇史監督)だ。


凶悪犯・清丸国秀(藤原竜也)は、いたいけな少女を乱暴した挙げ句に殺害した許されざる者。
名前こそ「清」で、演じている藤原竜也もけっこう芸歴長いにも関わらず八重歯が少年のようではあるが、名前や見た目に騙されるなという好例が清丸。
ヤツ(清丸)は、全く反省の色を見せないし、たまにかわいい子ぶったりするけどすぐ豹変し、少女好きで妙齢の女性に敬意なし。基本的にすべての他人をなめている。ひとっつもかばう要素がみつからない。人間のクズなのだ。


ところが、このクズの命を守れと国からの業務命令を受けた人たちがいた。
SP銘苅一基(大沢たかお)、白岩篤子(松嶋菜々子)である。
SPとは、その名をつけた映画にもなって一躍注目された「セキュリティーポリス」、要人を警備するスペシャリストだ。
清丸が潜伏していた福岡から東京の警視庁へ無事に送り届ける使命を帯びた銘苅と白岩は、警視庁捜査一課の奥村武(岸谷五朗)、神箸正貴(永山絢斗)、福岡県警のたたきあげ刑事・関谷賢示(伊武雅刀)とともに、清丸のために体を張る。

なぜ、こんなことになったのか。
極悪人・清丸に孫娘を殺された大富豪・蜷川隆興(山崎努)が、彼を殺した人に莫大な賞金10億円を出すという広告を新聞に掲載したことによって、日本中から清丸を殺そうとする人々が湧いてきたのだ。

殺しを失敗してもお金がもらえることにしたことが蜷川老人の冴えたところで、トライする人もがぜん増加。
男も女も一般人も警官も我も我もと清丸を襲いにくる。
クレイジーな彼らから清丸を守る、文字通り・藁の楯となった大沢たかお(銘苅)と松嶋菜々子(白岩)たちの一大作戦が開始。タイムリミットは48時間。
移動手段のひとつ新幹線が轟音響かせ一直線に走っていくように、猛スピードで話が進んでいく。
恩師・蜷川幸雄氏に殺されかかって逃げる藤原竜也さんの話では決してない。


まず最初に、清丸が福岡で匿ってもらっていた知人に殺されそうになるところは「バトル・ロワイアル」(藤原竜也の主演作)再来か! という迫力。
その後、どこまで行っても次々と現れる殺し屋と化したヤクザも一般人をもなぎ倒し、前へ前へと突き進んでいく登場人物たちを見ていると、SPって頭脳も肉体もものすごく優秀なのに、なんでこんなムダな仕事を……と、彼らの奮闘を哀れまずにはいられない。

第一、一寸の虫にも五分の魂と言うものの、人間のクズの命は救うに値するのか。銘苅たちはこの難題にがんじがらめになっていく。
でも、これって、他人事じゃないかも、我々は皆、国にムダに働かされているんじゃ。なんてことも頭をよぎるが、三池崇史監督が矢継ぎ早にしかけるカーアクション、ガンアクション、肉弾戦、大爆発、炎、ほとばしる血糊などに、その思考は吹っ飛ばされる。

高速道路を完全封鎖して機動隊一個小隊ほか何十台もの車が清丸を乗せた護送車を包囲するシーンや、台湾高速鉄道で行われた新幹線でのアクションシーンなどのスケールの大きさはスクリーンで楽しみたい。
主題歌は氷室京介なのもしびれる。

話にはミステリーの要素も入る。
秘密裏に動いている大沢(銘苅)、菜々子(白岩)の行く先々が、なぜか清丸サイトという蜷川老人が作ったサイトに速攻アップされてしまい、警護についた5人の中の誰かが裏切っているのでは? と各々疑心暗鬼にかられていく。

最初から清丸を守ることに懐疑的だった岸谷五朗(奥村)や永山絢斗(神箸)の仕業?  子供を家に残して働いているシングルマザー松嶋奈々子(白岩)もお金が必要そうだ。銘苅の上司(本田博太郎)も苦労人のいい上司のようだが、なんかちょっとあやしくないか? 大沢たかお(銘苅)自身、ただの冷徹な仕事人ではない、わけありで……。

出てくる人出てくる人、みんなあやしく見えてくる。
行く手は霧に包まれていて、とにかく信じられるのは自分だけ。
にも関わらず、逃げて闘っている間に自分の信念すら揺らいでいく。
任務とはいえ、たくさんの命を奪い、残された家族を生き地獄に突き落としたクズの命を守ることに、どんな意味がある?
いろいろな疑問が浮かんでは消え、消えては浮かび、身も心も疲弊しながら、大沢たかお(銘苅)たちは東京へ向かう。

物理的に大変ハデな映画だが、描かれているのは、儚い命、手応えのない日常、喪失感、見えない真実……と空しさいっぱい。
そんな中で確かな手応え、ありました!
大沢たかおと岸谷五朗、大沢たかおと藤原竜也、大沢たかおと山崎努が対峙するシーン。
折りにつけ、彼らが己の信念と生をかけて向き合うが、彼らの感情は見えないし、掴めもしないはずなのに、強力な粘度を伴って絡み合う熱量と重量感をはっきり感じる。

大沢たかおは、「JINー仁ー」ではソフトな物腰の医者役だったが、昨今「ストロベリーナイト」のヤクザ者やドラマ「火怨・北の英雄 アテルイ伝」の勇者など、たくましい役が増えている。今回も厚みのある筋肉がダークスーツから弾けそうだ。

松嶋菜々子も男勝りの敏腕SPをクールに演じているが、「家政婦のミタ」ほど鉄の女ではなく、今回はちょっとスキを見せるところも。ママ役だしね。突っ張っていても案外うっかりさんのところが可愛いってことなのか? 
それにしても、男は女を守らず、クズを守るなんて。それでいいのか、ニッポンよ。
(木俣冬)