少女。
今も昔も多くの人が興味を持つ言葉です。

これは一体なんなのだろうか、というのを双子の少女あんず・すみれを通して描いたマンガ、『少女素数』が完結しました。
作者である長月みそかに、この作品の魅力、少女とはなにかについて、インタビューしました。


●「少女性」の研究
───少女を研究するこの作品、どのようなきっかけで描き始められたのでしょうか。

長月:新連載のアイデアを考えていた時、よく「18超えたら女はババア」なんて言葉を聞くようになって違和感を覚えたんですよ。

───ネットではたまにネタで言われることも多いですね。少女ではない、という意味で。


長月:少女の愛らしさというのは言うまでもない普遍的なものですけど、18歳を越えようと、子供を持ってママになろうと、つきつめていえばおばあちゃんだって、時折見せる少女的な愛らしさがあると思うんですよ。じゃあ、それってなんなのだろう?それを見出すために、まずは少女とよばれる性ががなぜ素晴らしいのかを紐解いていこう。そう思ったのが作品作りのきっかけでした。

───ということは、「少女性」はまた別個ある感じでしょうか。

長月:失われていったり、変質していくかもしれませんが本質的に同じものだと思っています。あんずやすみれを通して少女性を追求する少女への憧憬であり讃歌であり、今なお少女性を失わない素敵な女性へのエールみたいな作品にできたらなあという思いがありました。


───描き始める前に、マザーグースのようにモチーフとなったもの・作品はありますか。

長月:ルイス・キャロルでしょうか。

───アリスですね。最近だと、少女漫画は意識されましたか。

長月:かなり意識したと思います。『観用少女』とか『Papa told me』あたりは意識しましたね。
もっとも『Papa told me』にいたっては若干設定がかぶっていましたので、自分なりの切り口になるよう、酷似しすぎないようにも気を配りました。

───それにしても、「少女性」を追求する思春期ストーリー、というのは珍しい試みだと思います。「ニッチ」ではないかと心配されておられましたが、評判はいかがでしたか?

長月:描きたいことを描いた結果ニッチになってしまったような気がしていたんで、評判がよくなければ路線変更なり打ち切りなりを覚悟しておかなくてはと思いましたが、想像以上に評判が良かったおかげで最後までブレずに続けることが出来ました。

───ぼくは第一話をみて「これはすごいのが来た!待ってました!」という感じでした。

長月:「こういうのを待っていた」みたいな反応も多かったです。たしかにニッチな隙間商売だったのかもしれませんが、「潜在的需要の多いニッチ」だったんじゃないかと思います。
それと、意外に多かったのが娘さんのいるお母さんの読者さんでして、「娘と一緒に読んだら4つ編みをせがまれました。」という感想をいただいたのがとても印象的でした。


●少女をテーマに扱うということ
───1巻の「エロティシズムをまるで感じないかといえばそうでもない」発言には驚きました。

長月:心と体が急速に女性になっていく過程のみずみずしい少女の輝き、これに含まれるエロティシズムを否定することは、道徳観念的な一種の強迫観念でもありますが、そこから目を背けて少女性を語ることはできないと思いましたので、あえて第1話で富士夫に言わせました。

───どうしても、後ろめたさというか……感じてしまう部分はありますね。

長月:ですよね?……なので、もしなにげない日常の端々にささやかなエロティシズムを感じたとしても、それは自然なことだっていうのを強調したかったんです。少女性に含まれるエロティシズムを無理に否定するのはある意味「歪んだ抑圧」なんじゃないのかなあって。


───なるほど。ぼくなんかはどうしても「ロリコン視点」と「少女美」視点は混乱してしまうんです。その点どのように気をつけられましたか。

長月:まずは都合のいい妄想だけに終わらない素敵なものへの憧れと、男性目線からみた少女の不可思議さをしっかり描いていこうと思いました。また、大人の女性からみた少女への回帰願望の視線もとりいれてみたつもりです。そして、一般的に少女と呼ばれる謎めいた一瞬の美しさにあるエロティシズムもエッセンスとして取り入れていこうと考えました。


───少女美がまずあって、そこに多様な視点が入ってますね。

長月:ロリコン視点は一種の「劣情」ですが、少女美は「憧憬」です。そして「ニンフェット(第二次性徴を控えた少女における性的な自己承認欲求)」といったロリコン視点とは対称的な少女側の感情、すべてひっくるめて少女性の本質だと考えていましたので、それぞれを切り分けた上でバランスよくちりばめられたらと思いました。


●主人公は双子の少女
───少女を描くために、ヒロインを双子にしたのはなぜですか? 個人的には「二人でくすくす笑いあう」行為が少女性の一つだからだと思うのですが…。

長月:あんずとすみれは2人でもあり、1人でもあるんです。少女特有の内的世界の共有や、相反する2つの感情をもつ雰囲気を表現するのには姿の似通った2人、つまり双子にすることが絵的にもわかり易かったんです。

───個人的にはあんずが好きです。彼女は少女の性格の、どのような部分を担っているのでしょうか。

長月:「花」であろうとする少女の一面だと思います。芸能界を目指してる彼女ならではですが、自らの持つ「花」の部分に自覚的なところですね。

───すみれは美の視点と成長の視点が強く感じられます。少女美の権化のような彼女を描く上で気をつけられた点はありますか。

長月:幻想的な少女美として描きつつも、「クラスで一番の美人の学校では見ることのできない顔」という地に足の着いた雰囲気がだせるように気をつけました。

───読者モデルの話はドキっとしたんですよ。「女」の部分であり、「プロ」じゃないですか。

長月:成人女性の場合「悪女」だとか言われかねない部分でもありますよね。とても自覚的な蠱惑的内面が女性にはあると思います。それは少女においてはニンフェットとよばれるもので、自覚と無自覚の境界すれすれの危なっかしいものですが、そんな自覚的な部分を強調した「プロの可愛い屋さん」を描いたのがあのエピソードです。

───なるほど、プロの可愛い屋さん……。このへん二人は双子でも違いますね。

長月:連載当初はあんずが初恋に気づくエピソードまで入れる予定でしたから、あんずとすみれ、それぞれの恋への向き合い方の違いがお見せできなかったのは少し残念です。あともうちょっとニンフェットというか小悪魔的な要素も盛り込みたかったですね。


●少女の身体感覚
───少女を描くマンガでは、あまり少年ってでないと思うんです。男の子を出したのには、やはりこだわりはありますか。

長月:光と影といいますか、そこに対比物があってこそ映えると思うんです。大人がいるから子供がより子供らしく見えますし、男の子がいるから女の子がより女の子らしく見える。そして、男の子を意識するからこそ女の子が輝くのだと思います。ぱっクンが男の子であることに気づいた時からすみれの心の成長が始まったんだと思います。

───少年がいることで、彼女たちが「女の子」しますよね。

長月:そうですね。それと、恋愛や性においての成長の速度は男の子と女の子では全然違いますから、そ
の対比も描きたかったですね。

───少年を描く時のこだわりはありますか?

長月:少女からみて魅力的であることです。たとえ、ぱっクンのような鈍感な朴念仁であっても、ヒロインの視点に立って恋することができるだけの人物にはしたいと思っています。

───男性といえばもう一人、お兄さんの富士夫が少女の身体にこだわっているのは気になりました。そこから少女美を見出すのが面白いのですが、人形ではなくフィギュアなのはなぜですか?

長月:ひとつは雑誌の読者さんに身近に感じてもらうためだったんですけど、富士夫は高卒で家計を助ける立場になければいけなかったので、ドールアーティストよりもフィギュア造形師の方が現実的かなと思いました。また、ドールアーティストだと話が耽美方向に振られてしまいそうで、描きたい雰囲気から少しずれてしまう気がしたんで避けました。

───耽美な少女美もいいですが、もっと生身の、ってことですか。その点、少女の身体描写は耽美すぎず、でもエロティックで、相当こだわっておられると思います。気をつけていた点はありますか。

長月:第1巻で出てきますが「胴長」なところですね。成長に従って足も伸びて来ましたが、序盤ではかなり胴長短足でした。

───胴長短足! このへんは『のぞみのぞむ』や、過去の作品と比較して見たくなります。イメージの中の少女偶像と違って、リアルというか。

長月:あと服によってあえて体型を変えてたりもしてました。水着などで華奢な肩を描きたいときはややリアルな肩幅にしたり、ちょこんとした感じがだしたいシーンではアニメ的な狭い肩幅にしたりと使い分けをしました。肩から鎖骨・胸骨といったゾーンの薄べったい感じや、猿腕といわれる肘の逆関節だったり、骨盤の間の腹筋のラインだとか、少女ならではのボディラインの美しさはなるべく取り入れるようにしています。


●少女が美しいということ
───少女を素因数分解するための割り算で、意図的に入れているものはありますか。

長月:コロコロと変わる感情だったり、男性からすると理解に苦しむ理屈でわりきれない部分ですね。

───なるほど。5巻126P「おんなのコってそうそう簡単にわりきれたものじゃないですよ?」のセリフとか好きなんです。素数を意味するこの作品としてはあまりにも印象的なのですが、これは最終巻に入れる予定だったのでしょうか。

長月:連載開始当初から最終話直前で使う予定でしたが、はっきりと言ってしまうことで陳腐になりやしないかという思いがあったので、ギリギリまでカットするか悩みました。ただ「簡単に割り切れないものの素因数を紐解く」がテーマで、それがタイトルにもなっている作品でしたから、言わずに終わることは出来ないだろうと判断して言わせることにしました。

───これが世界に翻訳されて伝わることがすごいですね(注:台湾などで翻訳発売されている)。少女感覚は世界で変わると思われますか?

長月:ロリコンが悪い趣味だとか言われることが多い昨今ですし、ことキリスト教圏の欧米でのバッシングは強く日本もそれに追従する世論になっています。何が正しくて間違っているかではなく、ただ健やかに愛らしいものを愛らしいと認めることを恐れないでいられる世界になればなあと思います。



長月みそか
『少女素数』1巻
『少女素数』2巻
『少女素数』3巻
『少女素数』4巻
『少女素数』5巻

(たまごまご)