■「砂漠ダンス」山下澄人(2回目。初出:「文藝」2013年夏号)
147回の候補作となった「ギッちょん」は、同回の芥川賞でもっとも楽しませてくれた作品だった。語り手は自身の幼時から老境までを自由に俯瞰できる位置にいて、チャンネルをザッピングするように各年代を往来しつつ、時に応じて7歳のときの自意識の起点ともいえる位置に戻っていく。7歳という要の年齢から扇状に開いた、パノラマを見るような気分でこの愉快な小説を読んだ。
「砂漠ダンス」は「ギっちょん」と共通する構造を持った小説である。違いがあるとすれば、「ギッちょん」が俯瞰で見下ろすような視線の作品だとすれば、「砂漠ダンス」は同一の視線の高さで世界を見ているということか。
主人公はタカハシと名乗っている人物だが、実はタカハシではなく、タカハシと名乗る理由もとくにないのだという。この曖昧さは、語り手に浮遊を許すための作者のシグナルだろう。案の定、話の中盤ではとある定食屋に入った〈わたし〉がタカハシと名乗る〈わたし〉に遭遇してその食事の一部始終を観察するエピソードが出てくる。二人の〈わたし〉はもちろん両方とも〈わたし〉なのだ。長い時間を生きる〈わたし〉の軌跡は、〈わたし〉が見ることのできる場所の至るところに残されている。その断片を採集するような形で本編は書かれているのではないか。