長く人生を歩んでいると、様々な選択肢に出会う。友人関係、恋愛、仕事など内容は様々だが、いろいろと悩んだ結果、いいと思った選択肢を選んでいるようで、実は「傷つきたくない」「悲しい気もちになりたくない」ということを念頭に選択することが多いように思う。


でも、傷ついたり悲しい気持ちになることは、本当にいけないことなのだろうか。そうやって、楽なほうを選択したことによって、自分のこころは楽しい気もちになれるのだろうか。自分の中にあって感じることができるのに、目には見えない「こころ」とは、実にやっかいなのである。

でも、この「こころ」とやらを理解できていないと、人生の選択肢でブレることが非常に多いように思う。だから、世の中には「こころ」に焦点をあてた本がとても多く出版されているような気がする。そんな中、書店の児童向けコーナーで目にしたのが、『こころのふしぎ なぜ?どうして?』(高橋書店)だ。


大人向けのこころ本は数多くあれど、子供向けのこころ本はあまり見たことがないかも……と思い手に取って目次を読んでみると、「おまじないって、本当にかなうの?」「おばけは、どうしてこわいの?」「おこりっぽい人と、そうでない人がいるのはどうして?」「かみさまって、本当にいるの?」「どうしたら、せかいはへいわになるの?」など、自分が本当に理解できていないと、子供にわかりやすく説明できないような項目ばかり。

本書は、“なぜ?どうして?”の楽しく学べるシリーズのひとつとして出版されたが、過去の題材は科学や社会などであり、今回「こころ」に焦点をあてたのは、“なぜ?どうして?”ということで、出版元である高橋書店の谷さんにお伺いしてみた。

――ちょうどいじめ事件が話題になっていたころ、報道や世間の反応にちょっと違和感があったんです。簡単に解決できない問題だから、勧善懲悪的な図式に当てはめてしまう。これは、子どもも自分で答えを出しづらく、親も先生も教えづらい時代だと感じました。もともと監修の村山氏や原案・執筆の大野氏とつねづね「自分で考える子を増やしたい」と話していたのですが、そういえば「こころの教科書」って世の中にないなあ、必要だなあと思ったのがきっかけです。


確かに、ニュースなどを見ていると図式にあてはめる傾向が多く、何となく「そうなのかな」「これが正しいのかな」と思うだけで終わってしまい、「何でこうなったんだろう」「これをしたら、どうなるのだろう」というように、自分で考えるきっかけがあまり無いように思う。

本書では、実に様々な「こころのふしぎ」が紹介されているが、私のこころが思わずぎゅっと掴まれてしまったのが、この項目。

質問:
楽しかった日は、夕方になるとちょっとなきたくなります。どうして?

答え:
そういう気もちを「せつない」とよぶのです。

見開きで書かれているこのページ、右側には楽しそうに遊ぶ子供たちのイラストがあり、左側には夕陽の中でバイバイと手を振る子供たちの影が見えて、本当に「せつない」気もちになる。なお、本書では冒頭に様々な気もちの形をキャラクター形式で紹介しているが、せつないに関しては「せつナス」というナスのキャラクターがあり、「出てくるとむねがくるしくなるけれど、じつは、楽しみの多い、しあわせな人ほど出会いやすい」と解説されている。
この解説もまた、胸がぎゅっとするのである。

そして、この項目は大人にも人気があるようで、同様に人気があるのが、「お父さんとお母さんはどうしてけっこんしたの?」だそうだ。

お父さんとお母さんが結婚した理由。それは人それぞれだけれど、1つだけ同じことは、お互いがお互いを「大切な人」だと思ったからこそ。別々の場所で生まれて育ち、運命が交わって恋が始まったお父さんとお母さんは、共に楽しい時間を過ごし、時にはケンカをしながら、それでも相手を「大切な人」と思い、そして結婚して大切な子供(あなた)が生まれた。

この回答には、「泣いた!」という感想も聞かれるとのことで、確かに、私も読みながら両親の青春時代を思い、思わずホロリとしてしまった。
また、「すきな子がいるんだけど、どうしたらいい?」という項目では、実は忘れがちな「好きなひとがいるという幸せ」についても教えてくれる。好きなひとができると、何かをしたい、何かをしてほしいと願いがちになってしまうけれど、実は好きなひとがいること自体が幸せなのだと、本書では教えてくれる。なお、谷さんのおすすめも聞いてみた。

――個人的には「テレビに出てくるような『せいぎのみかた』って、どこにいるの?」がおすすめです。クラスでいざこざが起こったとき、ニュースを見ているときなどに、この話が「考える指針」になるはずです。また、「どうしたら、やさしくなれるの?」 「もっと、友だちがたくさんほしい!」なども、大人の世界でも使える実用的な内容で地味に救われます。


「テレビに出てくるような『せいぎのみかた』って、どこにいるの?」に関しては、正義は目に見えるところだけではなく、実は見えない部分にも存在していて、戦いとは正義と正義の対決なのであるということを説明している。それらを踏まえながら本書を読み進んでいくと、最後の「どうしたら、せかいはへいわになるの?」へ繋がっていくように思う。なお、谷さんは本書を仕事や家事で忙しい大人の方にも読んでほしいのだそう。

――「素直にごめんと言えない」「苦手なことはあきらめちゃダメ?」などの疑問は、むしろ大人のほうが解決策を知りたい問題かと。大人になると、知識や経験が豊富にあるのが「かっこいい」と思われかねませんが、真にかっこいい大人は「心」を知っていると思います。だから、小学生時代の自分にプレゼントするような気持ちで買ってもらえたらうれしいですね。

実際、子育て中のお母さんの指針にしていただいたり、おじいちゃんおばあちゃんが息子夫婦に「教科書にしなさい」と言って送ったりもしているようです。
思っていたよりも求めていた読者の方がたくさんいらしたようで、おかげさまで、発刊約1か月半で、3万3000部に達しました。

子供よりも多く時間を過ごしている大人は、子供よりも多くのことを理解できているようで、実はうまく説明したり解釈したりできないこともあるのではないかと思う。そして、物事の本質を理解していれば、人生の中でどのような状況が訪れたとしても、答えがブレることはないだろう。そういった知っておくべき本質を、本書では実にわかりやすくシンプルに教えてくれるため、子供だけではなく大人のこころにも届きやすいように思う。

また、本書では自由研究のすすめとして、冒頭にある気もちのキャラクターを使い、自分がその日に感じた気もちをノートに記録することをおすすめしている。

すでに夏休みは終わってしまったけれど、こころについて自分で考えるきっかけとして、普段から大人も子供も気もち日記をつけてみてはいかがだろうか。きっと、自分のこころが感じるものの傾向がわかり、大人は自分探しの旅をせずとも自分を見つけるきっかけにできるのではないかと思う。

(平野芙美/boox)