そんな村上について「もう何回か候補になっていればとったのではないか」と語るのは作家の奥泉光(「石の来歴」で1993年下半期の第110回芥川賞受賞)だ。何回か候補になればこの人は何をやりたいかが見えてくるから、というのがその理由である。実際、芥川賞選考委員(当時)の一人の大江健三郎は、その選評を読むと当初は村上の作品に否定的であったものの、2作目では評価を示している。
ただ、村上が芥川賞候補になったのはこの2回きり。3作目の『羊をめぐる冒険』は、芥川賞の対象はあくまで短編なので候補にあがらなかったのだろう。同作は野間文芸新人賞を受賞、村上はあれよあれよという間に“新人”の域を脱したこともあり、結局、芥川賞とは無縁のままであった。
――と、村上春樹の話も含め芥川賞の歴史を「選評」を通して顧みようというトークイベント、題して「芥川賞、この選評が面白い」が3月2日、「芥川賞&直木賞フェスティバル」(於:東京・丸ビル)にて開催された。登壇したのは前出の奥泉光と作家の角田光代(『対岸の彼女』で2004年下半期の第132回直木賞受賞)、それから進行役の鵜飼哲夫(読売新聞文化部編集委員)。事前にレジュメが配られ、鵜飼がその内容にしたがって進行、過去の芥川賞の選評について奥泉と角田が私見を述べるという内容は、さながら講義といった趣きで、前日からの2日間で計8組がトークセッションを展開した同フェスティバルにあってちょっと異色にも思えた。