マンガ大賞では一度上位入賞した作品は翌年以降、選を外れることが多い。2013に大賞を獲得した『海街diary』は2008に3位入賞。2011の大賞『3月のライオン』も2009に3位に入賞したが、ともに初ノミネートの翌年はノミネート候補(一次選考を通過した最終選考の10作品)に残らなかった。
例外といえば2009、2010と2年連続2位となった『宇宙兄弟』と、2010に4位、2011に3位となった『ドリフターズ』くらい。3度のノミネートは過去に例がなく、上位入賞作は、翌年はノミネートから外れることが多い。
マンガ大賞という賞は、手弁当で運営されている。その原点は「面白いのに、知られていないマンガをもっと知ってほしい」というマンガ好きの思い入れからスタートしている。投票する側としては、「去年上位に入った作品は、一定の認知を得たのでは」という心理がはたらく。
過去にその壁を突破しかけた唯一の作品が2009、2010に2位となった『宇宙兄弟』だった。そして今年の『乙嫁語り』は「最多ノミネート回数は2回」、「前年の上位入賞作は上位に入らない」という、選考にまつわる心理的な壁──ジンクスを打ち破る結果となった。
それは、昨年発売された全対象作のなかで、圧倒的な作品だったということでもある。
中央アジアを舞台に、描き出される暮らしにあるもの──。遊牧民と定住民の暮らしや結婚観、家族や血縁というコミュニティのあり方など、さまざまな角度からその姿を立体的に描き出す。細密な筆致は描画のタッチのみならず、物語の構成や登場人物の心情の機微にまでも及ぶ。
授賞式に和服で登壇した森薫の言葉にはその端々に、中央アジアに対する尽きせぬ興味関心と探究心、そしてマンガ愛がにじんでいた。その一端を紹介すると……。
・中央アジアについての文献は和書だけでなく、海外の文献から論文まで読み込む。資料探しに国会図書館まで出かけることも。
・当初、出版社からは「(肌の)露出の多い作品を」というリクエストだった。
・「着ているのを脱がすのがいいんじゃないですか。裸は描きすぎると安くなる」(本人)
・「6巻の内容が殺伐とした分、次巻載録予定の章は、明るく楽しくEROい話を心置きなく描かせていただいている」
・執筆中は「作品にどっぷり入って」描いている。外に出て日本人の髪の毛を見ると、「現代に戻ってきた」と思う。
『乙嫁語り』は、中央アジアの研究者が「巻を重ねるごとにどんどん精度が上がっている」と評するほどの作品だ。しかし驚いたことに、実は森薫自身はまだ現地に行ったことがないという。本人は「それが一番マズイところで……」という一方で「そろそろ下地の知識がついてきたので、行けば何か得るものがあると思う」と言う。
ただ現地に足を運ぶことが誠実な姿勢だとは限らない。予備知識のない我々読者がふらりと中央アジアに行くよりも、はるかに現地を感じられる。それが『乙嫁語り』という作品だ。壇上の森薫はマンガという表現手法について「たいへんリアルにウソがつけます」と言った。モチーフと作品に対して誠実だからこそ、さらりとこうした言い回しが口をつく。
(松浦達也)
1位
『乙嫁語り』
森薫
94ポイント
2位
『僕だけがいない街』
三部けい
82ポイント
3位
『さよならタマちゃん』
武田一義
66ポイント
4位
『七つの大罪』
鈴木央
59ポイント
5位
『ひきだしにテラリウム』
九井諒子
54ポイント
6位
『重版出来!』
松田奈緒子
46ポイント
7位
『ワンパンマン』
原作:ONE 作画:村田雄介
43ポイント
8位
『亜人』
桜井画門
32ポイント
9位
『足摺り水族館』
panpanya
31ポイント
10位
『坂本ですが?』
佐野菜見
9ポイント