今週の金曜ロードSHOW!は『となりのトトロ』
すごくない? たった一本、90分弱のこの映画が、日本中の子どもたちを夢中にさせて、今や誰でも知っている国民的アイドルですよ。

それどころか世界に知れ渡る存在ですからね、トトロ。こわーい!

老若男女問わずいつになってもみんな大好きなトトロ。とりわけ子どもの心をがっちりつかんで離しません。1988年当時から今まで、どの世代の子どもでもトトロ大好き!
……どうしてなんだろう?
決して偶然そうなったわけじゃない。子どもたちがトトロを好きになるように宮崎駿は細かく計算を重ねて作っています。
なぜ子どもがトトロを好きになるのか、5つのポイントに分けて徹底分析!

1・隠された暖色
柔らかい暖色には、親しみやすさや安心感を与える効果があります。
淡い赤、オレンジ、茶色、肌色。
でも『となりのトトロ』の映画のイメージは緑や青だと思う。空と大地の二つにくっきりわかれているから。はっきりした暖色ってメイやサツキの私服とかネコバス、あとOPとEDくらいです。
この作品、こっそり隠れた部分に暖色が使われています。

「林や雑草のしげみの暗がりというと、色を青味の方に落としていくのがほとんどなんです。
そうすると、どうしても冷たい暗がりになってしまう。だから、暖かめのグリーンとか茶系の色を、暗い方にどんどん入れていくんです」
「庭なんかの土に関しては、宮崎さんから、関東ローム層の赤土がほとんどだから、赤くしてほしいといわれたんです」
『ロマンアルバム となりのトトロ』美術・男鹿和夫インタビュー)

ほぼ全編にわたって描かれる雑草の影に茶色が混じり、葉っぱがあったかい色をしています。
土は、自分の地域の色と較べてみてください。多分思っているより赤いです。

キャラクターを描く輪郭線は、一部を除いて茶色で統一されています。
この当時はパソコン作画は行われていません。
セル画で、通常は黒線(黒カーボン)だったのを、茶線(茶カーボン)にしています。
茶カーボンには大変な問題点がありました。筆圧が強いと線が出ないことがある。
黒カーボンと違って細いと線がやっぱり映らない。太さのバランスなどを整えるため仕上げのスケジュールは大きく圧迫されました。
それでも茶カーボンにこだわった。
おかげで、背景の隠れた赤みと上手くマッチ。見ていて心地よい画面が完成しました。

2・子どもはまっすぐ走らない
『トトロ』は、よく走るアニメです。
しかし、きれいにまっすぐに走るシーンはほとんどありません。
メイは特にフラフラしているのが顕著。サツキですら、つんのめったり、よろよろ右に左にずれます。


「走ろうという意志は、子どもにはないんですよ。早く行こうとおもう意識があるだけなんです。早く行こうとすると自然に走っちゃうんですよ」
「だいたい子どもたちが同じリズムで走るはずがない。実際、子ども見てれば、ものすごくわかりますよ、メチャメチャでバラバラなんです」
『ロマンアルバム となりのトトロ』宮崎駿インタビュー)

『トトロ』の走るシーンは、急がなきゃ!という見ている側の気持ちを担ってくれます。
引っ越してきたばかりの家でのシーン、トトロを探しにいくシーン、メイが見つからなく焦っているいるシーン。
見ていてワクワクかハラハラがある時に必ず走ってくれる。
だから感情移入しやすい。

3・丸いものとお母さん
子供は丸いものが好き。
ドラえもん、アンパンマン、ミッキーマウス。最近だと妖怪ウォッチ。とにかく丸い。
トトロもやっぱり丸い。

トトロの丸みにはこだわりがあります。
キャラクターデザイン設定資料を見ると、トトロには手と足の「甲」の部分がほとんどないように描くよう指示が入っています。
腕は毛の中に埋まっているため、身体をまわす時でっぱらずペッタンコにならすようにと書かれています。そしてなんといっても肩が見えない

子供がなぜ丸いものが好きか?という問いには、多くの心理学者が「母親の胸に近いから」と答えています。
『となりのトトロ』は母親欠如の寂しさと、それを満たす身体的コミュニケーションの物語です。

「髪の毛を梳かしてあげるっていう儀式がね、サツキにとってはとても意味があることなんだと思うんです。メイはね、膝にすがりつくことで、母親の体温を感じることができるんですよ」
「サツキがかわいそうだって。そのくらい理解してあげないと、サツキは不良少女になっちゃうなと思いましたから……」
『ロマンアルバム となりのトトロ』宮崎駿インタビュー)

母親との接触が極度に制限されているサツキとメイ。
特に我慢をしているサツキが、コマの上に乗って飛ぼうとしているトトロに、おどおどしながら飛びついて笑顔になるのは実にいいシーンです。

岩宮恵子は『好きなのにはワケがある』で「幼児的万能感」について語っています。
三歳児までは自分の思い通りに行くと思っていて、うまくいかないと泣いたり喚いたりする。そうして成長していく。『トトロ』でいえば、お母さんがいない、会いたい時に会えない。
成長した状態で、自然な一体感が得られる時、ストレスから解放されてほっとします。メイやサツキがトトロの丸いお腹にぴったり貼り付いているあの幸福感。ネコバスの中にいる安心感。おんなじ毛が生えていても、ヤギやキツネは抱きつけないし丸くないからちょっと怖い。
Twitterなどを見ていると、雨の日や待っている時はトトロ、という家庭や幼稚園が多かったそうです。それは「お母さんに抱きつきたい」気持ちを満たしてくれるからなのかも。

4・トトロはなにも見ていない
「大ーきくて、呆然と立ってるっていう。だから、みんながトトロを描くと似ないんですよ。なにが似ないかって言うとね、みんなの描いたトトロっていうのは、なにかものを見てる顔になっちゃうんですよね。でも、見ちゃいけないんです(笑)。焦点のあっていない、なんだか得体も知れず、茫洋としてたほうが神聖さみたいなものを感じさせるような気がするんですよね」「とにかく呆然とそこにいて安心させてほしいっていう、そういう存在をだれでもどっかで望んでいると思ったんです」
「賢いんだかバカなのか、たぶん両方なんだっていうね、そういう愚かなものが賢いものに通じてるっていう考え方は、不思議な土俗的な日本の思想なんだと思うんだけど」
(宮崎駿『風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡』

トトロはサツキとメイの味方のようなイメージがあります。でも実は仲間でも友人でもなんでもありません。極めて無関心です。だから「となりの」。隣人程度です。
作中でトトロの目を見ていると、メイが叫んだりすると確かに視線はいくものの、すぐにボーっとします。多分何にも見ていない。
これこそが、揺るがない安定感にもつながります。

ぼくの好きなシーンの一つが、サツキが泣いているのを見て頬を赤らめるトトロ。
いいね、煩悩丸出しだね!

「トトロが同情したっていう描写は、一切しないと決めていました。サツキがメイを捜しているところもとてもかわいい。メイなんかすぐそこにいるじゃないか。だから、それじゃサービスして、ネコバスで連れてってやった……ただそれだけですよ、あのシーンは。サービスしたって意識もないかもしれないですね」
『ロマンアルバム となりのトトロ』宮崎駿インタビュー)

「ぼくはもう煩悩のかたまりのおとなですよ」「人一倍、煩悩は強いです、ほんとに。それから、ロマンだとか夢だとか、もうそこらへんはやめてほしい」
『ジブリの教科書3 となりのトトロ』

トトロが自分の煩悩だけで生きているとしたら。
そのほうがむしろ、献身的なキャラより安心できるんじゃないかな。

5・子供のそのままの身体感覚
自然がリアルに描かれている『トトロ』。
でもひとつおかしな存在があります。それが塚森の大クスノキ。

「例えばの話、塚森の大クスノキでも、あんな大きなクスノキはないですけど、実は見た気持ちの中ではあんだけ大きいんですよ」「それを描くとあれだけでかくなってしまう。だから本人としては、嘘を付いてる気は全然ないんですよ。気持ちの中では本当に大きいんです」
『ロマンアルバム となりのトトロ』宮崎駿インタビュー)

初めて家に着いたシーンでの家の広さ描写、メイが小トトロを追いかけていく秘密の場所の広さや、サツキがメイを探しに走り回る距離感も同様でしょう。
子供の時に感じた「大きい!」は大人の感じる大きさよりはるかに大きい。
映画を見ている側はみんな子供視線になるので、とってもとっても大きく見える。
真っ暗な部屋にはいる時の恐怖とワクワクが混在する感覚、トウモロコシを力をいれてもぎ取る感覚、カンタが背が届かず三角こぎをする感覚。
誰しもが幼いころ経験した感覚を詰め込むこと自体が「みんなの物語」になっているから、『トトロ』はワクワクする。


「サツキが会ったバス停のところも、それからメイが初めて出会ったところで、本当にあったことなのか、それとも夢なのか、わからないようにはしてあるんです。でも、ぼくはもちろん本当にあったことだと思って作ってます」
『ロマンアルバム となりのトトロ』宮崎駿インタビュー)

まだまだ『トトロ』には、子供がワクワクする仕組みがたくさん含まれています。「トウモコロシ」「オジャマタクシ」といった音位転換の身近さとか、メイがトウモロコシを抱いていた意味とか。
子供の時トトロはみんな好きだと思う。ちょっと大人になってくるとトトロ離れをして難しい作品に行く。
そして成人して年を経るにつれて、やっぱりトトロが好きになる。

ちなみに、『トトロ』は元は台風の日に設定される予定だったそうです。
まさに今年はどんぴしゃですね。ちょっとでかすぎるけどね。
トトロ、こわーい!


(たまごまご)