筆者が育った沖縄の土地柄の一つとして、ものごとの合理性を大事にするということがある。

暑さ対策のためにスーツの代わりに着られるようになったかりゆしウェア(アロハ風シャツ)などはその筆頭といえるが、食に関しても例えば、天ぷらにははじめから衣に味がついていて天つゆや塩いらずだし、いまや全国区で知られているタコライスは、タコス屋さんが余った具材をご飯と食べていたまかない飯が発祥という説もある。


そんな沖縄グルメのなかでも、個人的にその合理性が光っていると思うのが那覇市首里に店を構える『ぎぼまんじゅう』(通称:のまんじゅう、1個税込150円)のまんじゅうである。
中華まん風の大きめのあんまんで、食紅で大きく“の”と書かれた素朴なまんじゅうだ。

創業100年を越えるぎぼまんじゅうは、首里城のお膝元である那覇市首里久場川(くばがわ)に一店のみで営業。名物おばあとして親しまれた初代の名嘉眞ハルさんが残念ながら今年亡くなられたのだが、娘さんの祖慶米子さん、さらにその娘さんとでお店をきりもりされているそうだ。誰もが疑問に思うであろう“の”の字の由来など、お話をうかがった。

「“の”の字はのしの意味ですね。
昔からこのまんじゅう一種類で“の”を書けばお祝い用、何も書かないものは法事用、とオールラウンドな用途に使っていたそうです。お祝いでも何祝い用というのが特に決まってないので、結婚式や新築祝い、進学祝い、出産祝い、入退院祝い、どんなことにも使えるからとひいきにしてもらっている方も多いですね」

これ、創業者の“ハルおばあ”は本当によく考えたものだと思う。沖縄はもともと1家庭あたりの子供の数が多く、したがって家族や親族、友人知人といった人たちの人生の行事ごとに関わる機会がとにかく多いのだ。ご本人に確認する術がないのだが、ぎぼまんじゅうの人気が定着するのにはおそらくそれほど時間がかからなかったのではないだろうか。

肝心の味はというと、生地はしっとりモチモチしていて食べごたえがあり、中には甘さひかえめなあんこがたっぷり入っている。そして特筆すべきはその香りだ。
蒸すときやまんじゅうを包むのに月桃(サンニン、お茶やお香にも使われるショウガ科の植物)の葉を使っているため、包みを開けるとその甘い香りがふんわりと漂ってくる。

「よく中華まんじゅうに見た目や大きさが似ていると言われるんですけど、材料が全く違うんです。小麦粉の生地を生イーストを使って発酵させて作ります。調味料も塩や砂糖を使っているだけで、油も入れてないのでシンプルなものです。サンニンの葉には虫よけや殺菌の作用があって昔から沖縄でごはんやお餅を包むのに使われているので、うちでもまんじゅうをこれに包んでお渡ししていますね」

タイトルでなぜ“幻”と書いたかというと理由は単純で、このまんじゅうがご家族による手作りであり、1日に半端ない数で売れるため発売数時間で売り切れてしまうからだ。
「数人で作ってますし、1日に多くても1000個を作るのがやっと。
それでも毎日お昼過ぎの13~14時には売り切れてしまうことが多いですね。お祝いであちこちに配るために100個単位でまとめ買いされる方もいらっしゃるので。それで売り切れてからまた作ろうとすると、3時間ほどかかるので出来上がりが夕方になってしまうんですよ。それで売り切れ次第終了という形にしています」

ちなみにこの取材は7月の真夏日のお昼ごろだったのだが客足は絶えず、筆者の横で飛ぶようにまんじゅうが売れていった。“の”の字は注文時に「“の”書きますか?」と確認のうえ、1~2秒ほどでさらさらっと書き上げられる。この一文字が入るだけで、なんだかとてもおめでたい気分になるのだから不思議だ。


いつでもどこでも手に入るというものではないため、県内のスーパーなどでは大小さまざまな類似品が売られるほどの人気を誇るぎぼまんじゅう。観光名所の首里城からは徒歩だと20分ほどかかるのだが、この味と香り、そして縁起物のパフォーマンスは一度体験してみて損はないと思う。
(古知屋ジュン)

■ぎぼまんじゅう
住所:沖縄県那覇市首里久場川町2-109-1 電話:098-884-1764
営業時間:9:00〜売り切れ次第終了
休日:日曜  アクセス:ゆいレール首里駅より徒歩10分