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東京オリンピックと日本のデザインの青春。迎賓館赤坂離宮物語

これら大勢のメンバーの陣頭に立ち、アートディレクターとして指揮をとったのがデザイン評論家の勝見勝である。勝見は、オリンピックではあらゆる表示をフランス語、英語、開催国語の順にするという慣例を覆し、実用性を優先して日本語、英語、フランス語の順にしたうえ、外国客のコミュニケーションを助けるため競技や施設を示す絵文字、いわゆるピクトグラムを採用した。アイソタイプとも呼ばれるこのシステムは1920年代より、オーストリアの哲学者・社会学者のオットー・ノイラートを中心に研究が進められていたものだが、オリンピックで用いられたのは東京大会が最初だった。

ピクトグラムのうち、競技を示すシンボルはかなり前から山下芳郎が単独でデザインしていたが、施設を示すシンボルはデザイン室に集まった若手デザイナーたち(版下の墨入れの際には、東京教育大、日大、武蔵野美大の学生たちも手伝ったという)が分担して手がけることとなる。40を数えたシンボルのうち、サウナ、洋式バス、シャワーなどはまだ日本人にはなじみが薄く、描き手の誰も使ったことがなかったという。

デザイン室への注文は、開催直前になるとますます増えた。組織委員会のほうで、ギリギリになっても国立競技場で使う表彰台が用意できていないことがわかると、緊急の連絡が入った。担当したのは道吉剛という若いデザイナーである。表彰台をつくったことなどなかったが、どうにか設計図を作成すると、赤坂離宮からもっとも近くにあった工務店に駆け込んだ。とにかく急いでいると伝えて設計図を渡すと、職人はそれをチラッと見て「オリンピックか」とだけつぶやくと、すぐさま作業に取りかかった。作業は黙々と進められ、ごく短時間で表彰台は完成する。それは構造計算も何もしていないのに、人が乗っても揺れたりきしんだりしない丈夫なもので、道吉は職人の持っている技術にすっかり感心したという(野地秩嘉

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