パティシエをめざす主人公・津村希(土屋太鳳)の成長を描く朝ドラ「まれ」(NHK 月〜土 朝8時〜/脚本:篠崎絵里子〈崎の大は立〉演出:渡辺一貴、一木正恵、西村武五郎)が、6月1日(月)から第10週めに入ります。
いよいよ希とお父さんの徹(大泉洋)が能登から横浜で生活をはじめ、横浜編が本格化するにあたり、それまでの9週間54話分を一度おさらいしてみます。

いまひとつ視聴率が伸びないが、奮闘は讃えたい。NHK朝ドラ「まれ」おさらい
『連続テレビ小説 まれ Part1』NHK出版

「まれ」の主人公・希はさいしょ、これまでの朝ドラには珍しく、夢を見ない人物として登場しました。大きな夢を見るよりも「地道にコツコツ」を信条として生きてきたわけは、お父さん・徹が大きな夢を見てことごとく失敗してきたから。その失敗がもとで貧乏になった希たち家族は、東京から能登に移住してきたのです。
自分は地道にコツコツと能登で生きながら、夢をもつ人たちを応援していこうと考えていた希でしたが、カエルの子はカエル。希も次第に、自分のなかで育つ夢に抗えなくなっていきます。その夢とはお菓子作り。
子供のときに食べた誕生日のケーキの味(皮肉にも徹が買ってきた)が忘れられず、作る人になりたい気持ちが日に日に強くなって、とうとう横浜で修業することになります。ところが、いろいろあっていったん能登に戻らざるを得ないことに。ちょうどその頃、母・藍子(常盤貴子)が徹と離婚すると言いだします。それは、夢を諦めかけた徹にもう一度大きな夢をかなえさせるための、藍子の苦肉の策でした。
希自身も、夢をかなえるためには「何かを捨てること」すなわち「覚悟」が必要であることを自覚して、もう一度、横浜に向かいます。

登場人物も総ざらえ



あらすじはざっとこんな感じ。この9週の間に、希はたくさんのひとたちと触れ合ってきました。
夢を追うひと、地道なひと、皆、大なり小なり希に影響を与えています。では、彼らひとりひとりも簡単にチェックしてみます。

津村徹(大泉洋):希の父。大きな夢を見ていろいろな事業に手を出しては失敗。何度地道に生きようとしてもどうにも夢を見ることを忘れられない駄目男の典型。ただ、その夢は具体的に定まっているわけでなく、大きなことを成し遂げたいという思いばかりが先立っている。
これも駄目な要因。

津村藍子(常盤貴子):希の母。夢を見る徹を支えることを生き甲斐にしてきた。が、母親・幸枝(草笛光子)が、逆に徹を駄目にしていると指摘され、徹と離婚して、退路を絶とうとする。

津村一徹(葉山奨之):希の弟。駄目な父を反面教師に、客観的にものごとを見て、冷静な作戦を立ててことに当たる主義。
が、みのり(門脇麦)と結婚するため、デイトレードで生計を立てようとする。

ロベール幸枝(草笛光子):希の祖母。藍子の母。一流パティシエの夢をかなえるために離婚、娘を残して単身フランスへ渡り、彼女の結婚式にも出なかった。家庭を捨てて夢(仕事)を選んだひと。

小原マキ(中川翔子):歌手を夢見て東京に行き、役者志望の男と同棲したが、夢にも恋にも破れたため、二兎追う者は一兎も得ずと心得ている。
いまは、能登に腰をおちつけ、エステシャン兼ネイリストとして働きながら、長続きしない恋愛をときどきしている。

紺谷圭太(山崎賢人):希の友人で初恋のひと。輪島塗りに魅せられ、修業をはじめる。最も目標と夢に対する根拠が明確で、夢に向かって邁進する姿が、希を元気づける。その一方で、希と、いまの彼女・一子(清水富美加)の乙女心を悪気なく刺激して、恋と夢の天秤を揺らす罪なところも。

蔵本一子(清水富美加):希の友人。
東京でモデルになろうと夢みるが、インチキ芸能事務所に騙されたり、なかなかオーディションに受からなかったりで、焦っている。このまま能登で埋もれることをおそれて大阪に行く決意をする。おそらく、仕事よりもまず都会に行くことが夢という漠然としたところが敗因かと。

寺岡みのり(門脇麦):希の友人。能登で子供をたくさん生んで暮らしていくのが夢で、一徹とその夢をかなえることに成功。

二木高志(渡辺大知):希の友人。無口でほとんどしゃべらないが、音楽の才能があり、高校出ると真っ先に上京。バイトしながら着々とミュージシャンの道を歩んでいる。まさに不言実行タイプ。圭太と並び、明確な夢をもった人物。

角洋一郎(高畑裕太):希の友人。高校卒業後は、父の跡を継いで漁師になるという現実的な選択をした。

紺谷博之(板尾創路):輪島市役所に勤務。現実主義者で、高校卒業後公務員になった希を現実の道に導こうと厳しく接する。

紺谷弥太郎(中村敦夫):遊び人の老人ふうだが、仕事(輪島塗)のことになると妥協しない。『不退転』という言葉を「どんだけ困難に遭うても、いっぺん決めたことをちゃ最後まで貫き通せ」という意味だと希たちに説く。

池畑大悟(小日向文世):希が弟子入りを望むパティシエの巨匠。「何かを得るためには何かを捨てろ」を信条とし、妻と子供2人の家庭団欒を捨て、仕事にすべてを捧げている。ケーキづくりに賭ける情熱はなみなみならぬものがある。

浅井和也(鈴木拓):大悟の店のパティシエ。勉強熱心だが、実力が伴わない。
自分が崖っぷちなことを自覚している。

矢野陶子(柊子):大悟の店の二番手シェフ。浅井を抜いてその地位を得るほどの実力と熱意がある。これまでちょっぴりドジだけど頑張りやみたいな女子に煮え湯を飲まされてきたので、希を毛嫌いする。

桶作元治、文夫婦(田中泯、田中裕子):能登で地道にコツコツ自活している。ひとの世話にならない意地をもっている。

桶作哲也(池畑博之):元治、文の息子。東京でリストラされ困って能登に。元治の塩田をつぶして、夢だったカフェをオープンさせようとしたが、もう一度東京でがんばることにする。

ミズハ(内田慈):東京から能登に移住してきたミュージシャン。最初のうちは我儘放題で地元民とも距離をとっていたが、自分のアイデンティティである歌を通じて近づいていく。

高槻賢治(和知龍範):東京から能登移住を考えツアーに参加、デイトレードでどこにいても仕事ができる可能性を追求。一徹に影響を与える。結局沖縄に行く。

岡野亜美(梶原ひかり):最初はやる気がなかったが、希の献身で、何度も塗りを重ねる輪島塗に興味をもち、修業をはじめる。

安西隼人(六角精児):嘘をついて、輪島塗職人を引き抜き、新しいビジネスをはじめようとする。どちらかというと徹に近い、ビッグビジネスに賭けるタイプ。

コツコツどころかグズグズしている



「まれ」はだいたい1週間を1単位で、夢に生きたり、夢に挫折したり、地道にコツコツ生きたり、夢があるのかないのか曖昧だったり、夢を利用したり、自分の夢のために他人の生活を損なおうとしたりする人たちの物語を描いています。夢はひとそれぞれ、種類も大きさもいろいろ。
希は最初、夢をすべて実体がなく駄目なものと考えていましたが、こんなふうにいろいろな人生に触れることで、夢がすべて実体のない駄目なものではないことがわかっていきます。
夢を定めたら、そこに向かって、一心不乱に地道にコツコツ努力や忍耐を積み重ねていくことこそが大事なことだと気づいて、変わっていくのです。いわば、夢と地道にコツコツのハイブリッドです。
このコツコツ積み重ねの象徴として、輪島塗の漆の重ねや、ミルフィーユの皮の重ねが効果的に使われていますが、この重ねは、1週間ごとのエピソードの重ねでもあります。朝ドラの構造こそが重ね、なんですね。
そう思うと、じつに意義深い作品ですが、いまひとつ視聴率が伸びません。
週ごとの平均視聴率は1、2週以外、18〜19%台。20%に届きそうで届かない。なぜか。
そもそも、朝ドラらしい夢に向かって一直線的な描写に異を唱えている作品のため、主人公も周囲も何度も何度も立ち止まったり引き返したりコツコツどころかグズグズしているんです。毎週心地よいエピソードが重なっていくわけではなく、なかには歪な層もあって。

でもそういうことも含めての、人生(フランス語でいう「ヴィ」)だし、現実なんてそんなもの。それこそ、ちょっとドジだけど頑張る精神論だけで成功を勝ち取ることのほうがまれ(だじゃれです)。
なかなか覚悟ができず、悩んでグダグダしている人間を描こうとしているところにトライを感じますし、それこそが弥太郎の語った「不退転」です。逡巡やら失敗やらも重なってドラマが味わい深くなっていくとしたら素敵。
脚本の篠崎絵里子さん、原作ものでは定評がありますがオリジナルでまだ代表作がそれほどないなかで、こんなに長編オリジナル脚本に挑むことは、相当重責でしょうから、その奮闘は讃えたい。
希にとっての「セ・マ・ヴィ」(大悟のケーキのなまえのひとつで、最愛の人生の意)ができあがるまで、あと17週!
今後の展開でまず気になるのは、大悟の息子・大輔(柳楽優弥)が、夢に対してどういうスタンスをとっている人物なのか、そしてドラマの重ねにどう関わってくるかですね。(木俣冬)

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