■椎名林檎 ちょっとしたレコ発2014 ~横浜港へ逆輸入~
2014.05.26(MON) at 横浜大さん橋ホール
(※画像9点)

ロックのライヴとも、クラシックのコンサートとも違う、ハードボイルドな女と男が棲む世界のジャズクラブのような雰囲気と言えば伝わるだろうか。椎名林檎【ちょっとしたレコ発2014〜横浜港へ逆輸入〜】は、本人がMCで「どれだけゆるくやれるかが今日の課題。
お客様方も緊張しているようにお見受けしておりますが、どうぞリラックスして楽しんでください」と語っていたように、これまでの彼女のライヴの中でも指折りのゆるく、リラックスしたムードが漂っていた。

ゆるいと言っても、演奏やグルーヴが緩んでるわけではない。ピアノは菊地成孔&ペペ・トルメントアスカラールでの活動を始め、クラシック、演劇の伴奏と幅広いフィールドで活躍する林正樹。その林が在籍する超絶技巧のプログレタンゴバンド、Salle Gaveauのメンバ−でもあるベースの鳥越啓介とアコーディオン奏者の佐藤芳明(あまちゃんオーケストラほか、椎名作品やライヴにも参加)に、SOIL &“PIMP”SESSONSのみどりんがドラムを叩くバンド--その名も“893(はちきゅうさん)”のプレイは、日々の雑事に追われて強ばった観衆の心を優しく解いてくれる伸びやかさと、大人の余裕にも似た懐の深さ、旅先で音楽を楽しんでるような(少しエロティックな)開放感があった。

初のセルフカバー・アルバム『逆輸入〜港湾局〜』のレコ発ではあったが、同作に収録された楽曲は全21曲中5曲のみ。椎名林檎や東京事変など、その名義に関わりなく、異国情緒を感じさせる楽曲がセレクトされていた。


1曲目「ポルターガイスト」は08年に発売された3枚目のアルバム『加爾基 精液 栗ノ花』に収録されたワルツナンバー。アルバムでは踏切の音が使われていたが、この日は椎名林檎の手によって躍動を得たメトロノームがリズムを刻んだ。このリズムが旅への、非日常のはじまりの合図。観客から自然と手拍子が沸き起こった「労働者」では、ジャズのスタンダードナンバー「ワークソング」がフィーチャーされ、椎名はスキャットも披露。続く「喧嘩上等」はハードなジャズの中に、ニルヴァーナの名曲「Smells Like Teen Spirit」を混ぜ込んだ。打ち込みを使ったアンビエント風のバラード「青春の輝き」では海の底へと引き連れ、インストナンバー「望遠鏡の外の景色」に続く「天国へようこそ」の間奏中には、ステージ背面のカーテンが開き、目前には横浜の海が大きく広がった。
暗闇のなかに浮かび上がる風車には現実とは思えない不思議さがあった。

さらに「とりこし苦労」では珍しくアコギを抱え、ブルージーなプレイをみせ、「遭難」や「禁じられた遊び」、「化粧直し」や「私の愛するひと」では、タンゴやサンバなどのラテンのビートを響かせた。ワルツ、ジャズ、タンゴ、サンバ、ブルースやカントリーやグランジ、ロック…。各国から持ち帰った音楽を昇華し、日本人が共感できる音楽へとリメイクして観客に提供する。洋上のホールで繰り広げられていたのは、音楽を媒介にした世界旅行のようなものだった。

ライヴの終盤には、「最近、私が嬉しかったことはヒカルちゃんの御結婚です。
おめでとうございます」と切り出し、宇多田ヒカルの「Travelling」を速いパッセージのサンバでカバー。

アンコールでは、「893のみなさんとレコーディングした曲をお聴き頂きたいと思います」という言葉のあと、最新シングル「NIPPON」のカップリングに収録されている新曲「逆さに数えて」をパフォーマンス。ワールドカップというハレ(非日常)のために作られた表題曲に対するケ(日常)を歌った楽曲を経て、港湾から紀尾井町、溜池山王をめぐる東京事変の「今夜はから騒ぎ」で、観客は日常へと帰還した。疲れよりも楽しさや喜びが勝った旅の終わりには、早くも次の旅先を考えてしまうもの。ホールを出ると小雨混じりの空模様。駅へと通じるウッドデッキの路を歩きながら900人の観客たちは、それぞれに想いを馳せたはず。
「雨傘」と心の中の地図を広げて、次はどこへ--?
(取材・文/永堀アツオ)

≪セットリスト≫
1. ポルターガイスト
2. 母国情緒
3. カプチーノ
4. SG〜superficial Gossip〜
5. 労働者〜WorkSong
6. 喧嘩上等〜Smells Like Teen Spirit
7. 雨傘
8. 青春の瞬き
9. 望遠鏡の外の景色
10. 天国へようこそ
11. とりこし苦労
12. 少女ロボット
13. 遭難
14. 禁じられた遊び
15. 愛妻家の朝食
16. 化粧直し
17. 私の愛するひと
18. Traveling
19. 主演の女
<アンコール>
1. 逆さに数えて
2. 今夜はから騒ぎ

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