身体と歴史――松波太郎「ホモサピエンスの瞬間」
藤田 松波太郎「ホモサピエンスの瞬間」行きますか。これは、マッサージの話ですね。揉んでいるうちに、揉んでいる人と揉まれている人の記憶や主体が混濁して身体を通じて何かが伝達されたのか歴史的記憶なのか妄想なんだかわからない世界が展開する。文体のリズムがよくて――身体的で、ユーモラスで、完成度が高い一品です。
記憶なのかなんなのか曖昧な世界では、第二次世界大戦か何かの「戦争」が起きていて、そこで引き金を引いてしまう理由が、身体の物理的な凝りでしかない――という、悲劇の引き金の即物性が、本作の現代への批評性でしょうか。
飯田 いちおう患者とやりとりする医者の視点から断章形式で進んでいくんだけど、なぜか施術をされているおじいちゃん側の記憶が流れ込んできて盧溝橋事件がどうたらとか言い出すサイコメトリー小説w
藤田 西洋医学vs東洋医学、の基本的な考え方の違いの話もありますよね。東洋医学的な考えを一挙に捨てたことが、悲劇を招いたと言っています。それは、第二次世界大戦に至るまでの日本の近代=西洋化の経緯と重ねているんですよね、多分。
飯田 松波さんはフレーズの奇妙な反復をよく使う作家ですが、今回は心臓をはじめとする生物/医学ネタですから反復・循環もマッチしていた。もっとも、好き嫌いが分かれる、読むひとを選ぶ書き方ではあるけど。血液の比喩も使っているし、「ホモサピエンスの瞬間」じゃなくて「ホモサピエンスの循環」という感じで長編にしたものを読んでみたい。膨らませたほうがおもしろそうな着想。