泣いた? やっぱり泣いたよね!
ドラマ『重版出来!』が異様な盛り上がりのまま最終回を迎えた。
「重版出来!」やっぱり涙の最終回「君が思っているより、ずっと世界は広いよ」

最終回の中心になっていたのは、新人マンガ家・中田伯(永山絢斗)が心(黒木華)をはじめとする周囲の人々に心を開いていく様子を描いたエピソードだ。


幼い頃、両親から虐待を受けて育った伯は、マンガ家としてデビューしてからも周囲の人に心を開こうとしなかった。担当編集者として伯を支えようとする心だが、逆に「僕を支配しようとするな!」と伯の逆鱗に触れてしまう。
自分の至らなさを涙ながらに先輩編集者の五百旗頭(オダギリジョー)に語る心。ここであえて何も語らない五百旗頭の渋さったら何よ。

その後、伯は編集部を訪れた際、心の目標ーー重版出来で本にかかわるすべての人を幸せにすることーーを知る。
さらに、伯の訪問を受けた三蔵山龍(小日向文世)は、伯に自分を支えているものがいかに多いか、それを想像することがいかに大事かを優しく語りかける。
「中田君、君が思っているより、ずっと世界は広いよ」

心をはじめ、多くの人が伯の初めての単行本のために動きはじめていた。心の天敵でもある安井(安田顕)が、心のためにアイデアを提供するシーンで、まずグッと来る。
その後、伯の部屋を訪ねた心が頭を下げたとき、それを見た伯も頭を下げるところで涙腺崩壊。ついに伯が心を開いた……!

まんまジブリアニメ


後半は伯の『ピーヴ遷移』が大きな話題になっていくところと、三蔵山が「近代芸術文化賞」を受賞するエピソードが並走する。

『ピーヴ遷移』の初版5万部が決まり、和田編集長(松重豊)が営業部長の岡(生瀬勝久)に抱きつこうとしてスルーされる場面が話題になったが、個人的には抱きつかれた小泉(坂口健太郎)の顔がまんまジブリアニメで笑った。さすがフェイバリットマンガに『風の谷のナウシカ』を挙げるだけのことはある(『ナウシカ』はジブリじゃないけど)。
伯がサイン会で描くピーヴの絵もやたら可愛いかったんですけど、あれ、キャラクターグッズにしたら人気出ないかな? 

三蔵山の受賞パーティには、『バイブス』の編集者&マンガ家が勢ぞろい。
成田メロンヌ(要潤)のまったく意味のないセリフがすごい。
圧巻は三蔵山のスピーチだ。ここまで抑えて演技をしてきた小日向文世が一気に爆発! ありきたりな周囲への感謝を済ませ、マイク片手に叫びまくる!

「私の受賞に対し、ベテランジジイの功労賞に過ぎないとたかをくくっている君たちに勝負を挑む! 天才も凡人も年齢も性別も人種も国境も関係ない! 必要なのは、面白いマンガを描くというその一念だ。私は、私は諦めない。今日、この日、この場所が、私の新たなるマンガ人生のスタートです!」

ここでまた目頭が熱くなる。まるで、巨匠になってからも若手マンガ家にライバル心をむき出しにしていた手塚治虫の魂が三蔵山に乗り移ったようだった。

ラストシーンは小料理屋「重版」を借り切っての『バイブス』編集部による二次会。いつものメンバーに加えて、和田編集長や安井もいるのがうれしい。
編集論を語り合いながら、酔っ払って大ゲンカになってしまう一同。出版業界には今でも変わらない風景なのか、それとも昔懐かしい風景なのか。
そこへもたらされた『ピーヴ遷移』重版の知らせ!
今までケンカしていたのに一斉に拍手して笑顔になる一同。やっぱり重版出来は、本にかかわるすべての人を幸せにするーー。


「いつか、挫けそうになったとき、道に迷ったとき。思い出そう、この日のことを。
 たくさんの心が震える瞬間を。
 誰かのために働く、自分のために働く、何のためにでもかまわない。
 誰かが動けば、世界は変わる。
 その一歩が、誰かを変える。
 毎日は続いていく。
 今日もまた生きていく」

「精力善用 自他共栄」という言葉が意味するもの


このドラマのテーマを一言で表すなら、主人公・黒沢心のモットー「精力善用 自他共栄」に尽きるんじゃないだろうか。心のデスクにあった貼り紙「めざせ重版出来!」の隣に掲げられていた言葉だ。心にとって両者は同じぐらい重要な言葉だということである。

この言葉は、柔道の創始者・嘉納治五郎によるもの。第1話で五百旗頭に意味を問われた心は、次のように答えている。

「自身の力を最大限に使って善い行いをし、他者を敬い感謝する。

 互いに信頼を育めば、助け合って生きていける」

これはまさに編集者と作家の関係のことだ。そして、仕事をする人、生活を営む人、誰しもにあてはまる言葉である。

しかし、実際はこのようにはうまくいくわけではない。
『バイブス』編集部でも、壬生(荒川良々)は成田メロンヌとギクシャクしていたし、安井は端っから作家とこのような関係を結ぼうとしていない。
完璧な編集者のように見える五百旗頭でさえ、第1話では担当していた三蔵山から全幅の信頼を得ていたというわけではなかった。

『重版出来!』では、出版不況という日本の出版界を取り巻く苦境がそのまま物語の背景になっている。
本が売れない時代になったとき、現実の出版界で何が起こったかというと、まず書き手と編集者のかかわりが薄くなった。
本が売れなければ、編集者はたくさん本をつくらなければいけない。出版は特殊な世界で、売れなくても、とにかく本をつくれば会社が維持できるようになっている。売れる本を出すのが一番だが、その次に重要なのは効率よくたくさんの本を出すことだ。
必然的に、編集者は忙しくなりすぎて、書き手や本1冊と長時間かかわれなくなる。そして、効率よく利益を生み出す編集者が重宝されるようになる。
その極端なケースが安井である。

インターネットなどITの発達や、編集部のセキュリティの厳しさ(気軽に立ち寄って編集者と話せなくなった)なども関係しているが、基本的に出版の世界は「本が売れない」から人と人とのかかわりが希薄になったと言える。作り手同士のかかわりが薄くなれば、人の心に届くものはなかなかつくれない。だからまた本が売れない。悪循環だ。

ところが、そこへ柔道という異世界から心がやってきた。彼女は死ぬほど辛いトレーニングの中で「精力善用 自他共栄」という考え方を自分のものにしていた。
どんな状況であれ、どんな相手であれ、彼女は自分の仕事に対して全力を注ぎ、仕事相手の信頼を勝ち取ろうとする。高畑一寸(滝藤賢一)や中田伯といった面倒な相手にだってひるむことはない。
やる気がなかった小泉は、心に感化されて仕事に意味を見出した。
彼女にとって、編集者という仕事は天職だったのだろう。

「精力善用 自他共栄」の精神と行動をもって、人と人とが深くかかわることができれば、今の苦しい状況も突破できるかもしれない。

『重版出来!』は、そんなドラマだと思う。

『重版出来!』の本当の主役とは?


「精力善用」は原作では1回登場したきりの言葉だ。心が道場にいるシーンの背景として描かれているだけで、言葉の説明もなければ、心がデスクの前に貼り紙を描写もない。ドラマではその部分に着目し、作品のテーマをよりわかりやすく普遍的なものにしている。

『重版出来!』が群像劇であるということは何度もこのレビューで書いてきたが、このドラマは群像劇でなければいけない理由があった。それは登場する人と人とのかかわりを描くためだ。
ここには次々とトラブルに見舞われるような主人公もいないし、何でも解決してしまう主人公もいない。なぜなら、本作の主人公は人と人との間にある関係そのものだからである。

心と伯、五百旗頭と三蔵山、五百旗頭と高畑、心と小泉純、菊地(永岡佑)と八反カズオ(前野朋哉)、心と東江絹(高月彩良)、安井と東江、壬生とメロンヌ、和田編集長と岡営業部長、和田と牛露田獏(康すおん)と娘のアユ(蒔田彩珠)、伯と沼田(ムロツヨシ)……この作品には数えきれないほどの人と人とのかかわりが登場する。
ドラマは彼ら同士のかかわりを次々と映し出し、お互いにぶつかり合う様、助け合う様、信頼を結ぶ様を描き出していく。

現実は厳しい。本は売れない。
彼ら全員が幸せになるなんてあり得ない。
でも、彼ら全員をまとめて幸せにできる方法がある。
それが「出版業界の全員が幸せになれる言葉」である「重版出来」だ。
だから、心はひたすら重版出来のために努力し、実現を願う。
伯の言う通り、やっぱり難しいかもしれないけれど、それでも願わざるを得ない。

余談だが、本が売れると何が嬉しいって、「ああ、人とつながってるなぁ」という気分になるところだ。
これはライターをしている僕の実体験から来る実感である。
マンガ家と同じく、僕のようなライターも家で一人でものを書いている。
運良く書籍を出す機会を与えられても、編集者と会うのは打ち合わせの一回きりだったりするのはざらだ。メールでやりとりをして、原稿を書き、本が出る。本が売れなければ、契約の書類をつつがなく交わして、それっきりのことが多い。
でも、本が売れれば、編集者から連絡が入る。
どれぐらい売れているか、重版の可能性、パブの相談。さまざまなやりとりが生まれる。
普段は一切かかわりのない営業マンからの生き生きとした報告も耳に入ってくる。
書店からの反応、書店員とのやりとり、読者からの感想、まわりの人たちからの「おめでとう、売れてるらしいね」「読んだよ、おもしろいね」という声……。
そうやって、自分の作品を通して、たくさんの人とかかわることができたときが、心がドラマの最後で言っていた「心の震える瞬間」なんだと思う。
僕はサイン会なんてしたことはないけれど、サイン会で人が集まっている様子を初めて目の当たりにした伯の気持ちはちょっとだけわかる。

本が人と人とをつないでいく。本が人をつくる。本が人をどこまでも高く運んでいく。
この「本」の部分は、見ている人それぞれが、自分がかかわっている何かを当てはめていけばいい。それは「仕事」かもしれないし、「子育て」かもしれないし、また別の何かかもしれない。

『重版出来!』最終回はTBSオンデマンドで無料配信中。1〜9話は有料配信中です。
(大山くまお)
編集部おすすめ