ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんの対談。前編に続いてアニメ『マクロスΔ』について語り合います。


『マクロスΔ』は『FAKE』である!


飯田 歌と戦闘をシンクロさせすぎるとただのプロパガンダ、それこそ洗脳ソングになるのであえて脱臼するポイントを入れる、と言っているのが河森さんのおもしろいところで、一方的な善悪の分け方をしない点もふくめ、あんなにリベラルなアニメ作家はそうそういないんじゃないかと思います。
 ウィンダミア人をワルキューレ側に入れる、Δ小隊にヴァール化しているメッサーがいる、とかね、善悪とか味方と敵がきれいに分けられないようにしているし、ウィンダミアを破壊した強大な次元兵器を落としたのが新統合軍とウィンダミア政府のどちらなのかも見解が割れていて、誰がウソついているのかもよくわからないし。
 森達也監督が佐村河内守の主張を垂れ流した映画『FAKE』を観たあと、これ、めっちゃ『マクロスΔ』じゃないか、と思ったからね、僕は。お互い「あいつはウソつきだ」と言いあっているから。

藤田 いや、それはさすがにw 森達也さんか奥さんを巡って、佐村河内さんと新垣さんが、音楽が鳴り響く中で戦わないとダメですよ、そうなると。佐村河内さんの曲と、新垣さんの曲で、どっちが感動して味方になるかの数の取り合いの話だと思えば、似てるっちゃ似てますが。
 ただ、欠点も少しは指摘しておかないと公平ではないと思うので言っておくと、主人公の機体が、歌っているアイドル達を被弾から身を呈して守るというシーンがちょっと多すぎるような…… ロボットに変形する飛行機で戦い、アイドルの歌が流れ、身を呈して守るという、「男の子が燃える」シチュエーションを露骨に入れすぎかと。
『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』の、オヤジが自己犠牲するパターンのオヤジ転がしっぷりが問題だとしたら、こっちは「男の子の夢」がちょっと多いかな。

飯田 ただ『マクロス』では歌い手とパイロットのどっちがどっちを守っているのかよくわからなくなるんですよ。男が女を守っている、だけじゃなくて容易に逆転/反転する。今回はとくにそう。ハヤテの持つフォールドレセプターがフレイアの歌に反応して彼の操縦に影響を与えるし、メッサーはカナメの歌があったからあそこまで戦えた。
 あと「マクロスって歌の力で戦うんでしょ」とみんな思っているけど、実は歌い手自体は戦争のために歌っているというより、別の誰かに向けて歌っているんだよね。
今回のフレイアはハヤテや故郷のためだし、初代ならミンメイは一条輝のためだし、『F』ならランカはアルトのために歌いたかったのにアルトに「みんなを守るためにバジュラと歌ってくれ」って言われてショックを受けたりする。「戦争のため」を求められるのに本人は違う方向を向いている。そのズレがある。

藤田 戦争を終わらせたいと思って歌っているのに、実際は戦争の道具になっているという捩れは確かに作中で描かれていましたね。

飯田 歌の意味、目的、効果が一義に定まらないようになっている。これは「唯一絶対の正義」なんてものを描かない、という多様性重視の視点で戦争を描くのと同じ感性の産物だと思います。

 ただその種のねじれや保留が多すぎて(というか情報量が多すぎて)、河森さんのファン以外はどれくらいついていけているのだろう、という不安が……。キャラは人数が増えた結果、ひとりひとりの掘り下げはどうしても弱くなっている点は否めないですが。

「マクロスといえば三角関係」……って本当?


藤田 主人公達のアイドルユニットは5人ですが、あんまり深入りしないで済むような設定になっているのは、筋が複雑化しなくて済む良いアイデアだと思います。最終的には、主人公と、ヒロインのフレイアと、パイロット仲間で上官の真面目人間・ミラージュとの三角関係に最終的に集中させなければいけないわけですから。
 フレイアは、ナチュラルに才能があり、その能力を楽しんで発揮できる人間。ミラージュは、偉大なる能力を持った血筋に生まれた凡人で、努力でなんとかやってきたけど、超えられない壁にぶつかっている人。
このどっちにもなかなか感情移入させられるようにできていますよね。

飯田 「三角関係」についてひとこと言っておくと歌・可変戦闘機・三角関係がマクロス三大要素と言われているんだけど、初代TVシリーズのマクロスは輝、ミンメイ、美沙、カイフンの四角関係だからね! 『マクロスプラス』もイサム、ガルド、ミュンの三角関係ではあるけどイサムは序盤ではルーシーって女とくっついてるから当て馬みたいなルーシーも入れれば四角関係だし、『マクロス7』もミレーヌ、バサラ、ガムリンの三角関係かと思いきやバサラはプロトデビルン(敵側)のシビルとちょっといい感じになったりしてこれまた純粋な三角関係ではないんですよ。
 初代の劇場版『愛・おぼえていますか』で尺の都合もあってカイフンがたんなるミンメイのマネージャー役として恋愛方面から退いたので三角関係になった。その後いつの間にか「マクロスといえば三角関係」ってことになっているけど、それは歴史の捏造だからね。
 で、毎回、恋愛に関しては天然(別名「人間のクズ」)が出てきて恋心を無自覚に傷つけている。初代TVシリーズだとミンメイはデビュー曲が「私の彼はパイロット」なのに輝との仲を突っ込まれると「やだー、彼氏でもなんでもないわよ」みたいなことを言って輝をしょげさせたり、その後も驚くべき鈍感ぶりと自分勝手さで振りまわしまくり、板野一郎をして「人格が崩壊している」とまで言わしめたわけですが(「マクロスA」上での発言)、今回の鈍感キャラはハヤテですね。
前作のアルトより鈍感ぶりはひどい。『F』で衝撃を与えた「お前たちが俺の翼だ!」という二股宣言エンドを超えるオチが期待されます。

藤田 ぼくは『F』のエンディングは嫌いじゃない。あれこそ『インデペンデンス・デイ』w
 序盤は普通にフレイアの方がかわいいと思っていましたが、最近、ミラージュも悪くないと思うようになってきましたよw シリーズ構成の妙というか、作中での関係性の変化に応じて、こちらの印象も随分と変わってくるものです。この「三角関係」が象徴している潜在的な対立(天才vs努力)がどうなっていくのかも今後の見所ですね。マクロスシリーズのパターンから考えるに、最初に設定された対立項そのものが組み替えられていく構成な感じがしますが。


飯田 そうですね。マクロスはだいたい終盤にびっくりするような設定のどんでん返しがあるので、たぶん今回もそうでしょう。謎めいた美雲の正体とか、ヴァール化の真の意味とか、人類を進化させた先史文明プロトカルチャーがなにをしていたのかとかがわかって、びっくりさせられるんじゃないかと。

藤田 そうそう、身を挺してアイドルを守るシーンに引き続いて、不満を表明したいのが、主人公とヒロインが喋っているのを、もう一人が隠れて盗み聞きしちゃうシーンの多さ!w もうちょっとバリエーションがほしいw

飯田 盗み聞き、覗き見の連発はもう、韓流ドラマだよねw 

藤田 ちょっと真面目に言うと、ルネ・ジラールの「欲望の三角形」ですよね。欲望とは、他者の欲望するもののことである。欲望とは自分自身が欲望しているものではなくて、他者が欲望しているものを欲望するものである、ということです。恋愛もので、気になっている人がいて、当て馬的ライバルが登場すると、一気に気持ちが盛り上がるのもこの原理。つまり、欲望は、自分と他者の間に伝染し、転移していくものである。作中の両軍が使っている歌も、相互に影響を与え合っていますし、恋愛の三角関係を一つの代表例として、「他者の欲望」に転移して、ズレつつ、破れていく展開があちこちで複雑に組み合わさって起こるのではないでしょうか(ロゴの三角形をわざとい閉じないで開いている「破れ」の意図や、これまでの内容から判断して)。

飯田 盗み聞き連発もそうだけど、「おいおい!」って思わせられるところがちょいちょい出てくるのがマクロスのおもしろいところで、今回もワルキューレが「特訓だ!」って言ってタイヤを引いてグラウンド(?)を走るとか正気を疑う場面が出てくるんですが、まさかそれが「シリアスにしすぎると作品世界にのめり込んでしまうひとが出てくる(洗脳してしまう)のでバカバカしい部分を入れている」という高邁な河森思想の産物だとは、大半の視聴者は思っていないことでしょう……。

藤田 それを高邁といえるんなら、もっと『インデペンデンス・デイ』も擁護しようよ!w