911以後のニューヨークをぶち壊すコメディ映画「ゴーストバスターズ」


ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんの対談。今回は映画『ゴーストバスターズ』について語り合います。

時代性や社会性があるのか、ないのか


飯田 リブートした『ゴーストバスターズ』、お気楽映画だったね。もっと構えず生きようぜ、肩の力抜けよ、っていう作品。
 冴えない物理学者のエリンがその昔友達のアニーといっしょに書いたオカルト本のせいでコロンビア大学のテニュア(終身雇用)を逃しかけて勝手にAmazonで売ってるアニーのもとに取り下げてもらいにうさんくさい大学に行くとアニーはホルツマンというあやしいパンクスみたいな発明女といっしょにおばけの研究しててこりゃだめだと思うが、エリンのもとに昔書いた本を読んで「幽霊が出た」と言う屋敷の人間を紹介したら取り下げてやる、と言われてみんなでその家に。まじで地下室から幽霊が出てくるのを見て大興奮、それをYouTubeにアップされてみんな大学から追い出され、中華料理店の二階を根城に、ゴースト退治に邁進していく……と。
 社会性とか政治性をなるべく考えさせない、感じさせない、虚構らしい虚構にするためにものすごく配慮されている作品だと思った。主人公もゴーストを呼び出す男も「冴えない」「認められない」という動機。そんなに重たくない。しかもお互いその境遇をネタにしているところがある。経済的に困窮しているとか移民だとか失業者だとかなんかのマイノリティだとか資本主義社会のせいとかそういうのがまったくない。服がださいとか頭が悪いとかそのていどの負のスティグマ。ゴーストバスターズの事務所で働くことになる唯一の男性であるケヴィンはイケメンだけど事務仕事がまったくできないあっぱらぱーで、ADHDかもしれないけど深刻にはしてない。本人がまったく悩んでない。