そのへんのグチみたいなものは「ユリイカ」の新海誠特集に寄稿した「新海誠を『ポスト宮崎駿』『ポスト細田守』と呼ぶのは金輪際やめてもらいたい」という評論にさんざん書いたのでそちらもご覧ください。

藤田 あの隕石が落ちる事故の悲劇をそもそもなくしてしまうわけですからね。潜在的に、それは、過去に戻って震災をなくしてしまいたいという幻想に近い。……しかし、それなら、東京や地方を、あんなに美しく描いてはいけない。不穏な、現実の、事故の記憶を想起させ、そして美しい「物語」と「映像」と埋め尽くして、記憶を摩り替えてしまうような効果を出してしまっては、ダメなのではないか。最後にもっと残酷な結末があれば、映像などの「美しさ」は許せる範囲になったと思うのですが…… ぼくも、会えない、救えないほうがいいと思ったんですよね。でも、まぁ、「会わないで終わるんじゃないか?」っていう可能性を示唆するシーンを何回も繰り返してた上なので、逡巡というかな、そっちの可能性に行きかけては行かない、っていう構成にしてはあったと思いますが。うーん。やっぱり、「切断」が足りない気が。

飯田 僕は「ハッピーエンドだからダメ」じゃなくて「それやっちゃったらあなたの今までの作品なんだったんすかってことになりませんか、作家として」というところが引っかかっているので、その点は藤田くんとは評価軸が違いますが、言わんとすることはわかります。

藤田 炎上狙い的な言い方をすれば、「ニュータイプの歴史修正主義」の映画(笑) 神社が出てくるし、「国家神道」のPRをするオカルトアニメじゃないの、っていう意地悪な批判もできなくはない。