近年、昭和の全盛期を超える勢いで盛り上がり続ける『キン肉マン』。

初代の続編がウェブで無料連載中なのだが、更新直後の月曜深夜(日曜24時)のネットでの沸き方には物凄いものがある。
Twitter上には感想がリアルタイムに寄せられ、Twitterのトレンドに「ティーパックマン」やら「カナディアンマン」やらのワードが並ぶなんて、前シリーズの「完璧超人始祖編」とはまた違ったベクトルで意表を突きすぎである。

ファンの間では『キン肉マン2世』との繋がりがあるのか議論されがちだが、現時点では作者のゆでたまご先生でさえも結論を出していないのではないか?
特に、整合性でいえば、現在のシリーズから『2世』の間の出来事とされる「マッスル・リターンズ」の扱いがもっとも困難な気がする。

しかし、この作品こそが現在の復活劇へのターニングポイント。
初代と復活シリーズの間に当たる37巻の読み切り集に掲載された異色作だが、元々は角川書店(現KADOKAWA)発行の『月刊少年エース』の増刊号『格闘エース』が初出となることをご存知だろうか?

『キン肉マン』の復活はなぜ「ジャンプ」ではなかったのか?


95年末に発売された『格闘エース』には、プロレス&バトルゲームに特化した14作品が掲載されたが、その目玉企画が復活した『キン肉マン』だった。

当時のゆでたまご先生は、『少年エース』で(とんでも)グルメ漫画の『グルマンくん』を連載中だったが、よほどの漫画好きでなければ過去の人といった印象。
ジャンプで3アウトの打ち切りをくらい、他誌での連載も鳴かず飛ばず。まさに「暗黒期」
(関連記事:『キン肉マン』作者・ゆでたまご 暗黒期の格闘マンガ3作品とは

そこに、再び『キン肉マン』掲載のチャンスが巡って来たのだ。


企画を持ちかけられた原作担当の嶋田先生は、他誌への『キン肉マン』掲載に筋を通すため、集英社に対して「月刊でも何でもいいので、ジャンプでまた『キン肉マン』をやりませんか?」と逆に提案したという。

しかし、編集部の答えはノー。要は若手漫画家が育っている中、ロートルはいらないというわけだ。時代の流れとは実に無情である。
そんな経緯があっての『格闘エース』での復活だったのである。

この『マッスル・リターンズ』は、過去の読み切り作品と合わせて同タイトルでコミックス化され、増刷を繰り返すほどの人気を集める。

この評判がプレイボーイ編集部の耳に入り、『キン肉マン2世』の連載へと繋がったのだから、キン肉マン史において欠かすことのできない重要な作品であることは間違いない。

そして、この雑誌の誕生と『キン肉マン』の復活に大きく関わっていたのが、当時のプロレスブームなのである。

深夜番組がプロレスに染まっていた時代


『格闘エース』が発売になった当時は、プロレスが爆発的に盛り上がっていた時期。
この年の10月、新日本プロレスvsUWFインターナショナルの対抗戦が東京ドームで行われ、史上空前の大ヒット。全日本プロレスの日本武道館興行も常に満員状態が続いていた。

それこそ、深夜番組におけるプロレス率の高さは異常ともいえるほど。
新日、全日の中継はもちろん、バラエティの『リングの魂』や『スポーツTODAY』内の「バトルウィークリー」、『週刊テレビプロレス』など、プロレスメインの番組も続々登場。
『FULLスポーツコレクション』や『プレステージ』などでも、盛んにプロレス特集が行われていた。
デスマッチがメインの大仁田厚のFMWや、グレートサスケ率いるみちのくプロレスなどのインディー団体も、一般誌やテレビが特集を組むほどの人気ぶり。

まさにプロレスバブルに湧いていた時代だったのである。
『格闘エース』の巻頭でも、「ゆでたまごが選ぶレスラー怪人図鑑」なんて企画が掲載されており、実に味わい深いものがあった。

格闘技の流れをいち早くキャッチした「マッスル・リターンズ」


「マッスル・リターンズ」からは、そんな当時のプロレス・格闘技界の空気が感じられて面白い。

プロレス人気最高潮の中、総合格闘技の波が押し寄せ始めた時期であり、闘いの舞台「超人究極(アルティメット)チャンピオンシップ」は、まだマニアのものだった“何でもあり”の格闘技大会『UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)』がモチーフ。
ライバルの「BUKIボーイ」(姿がなぜかFMWのマスクマン「ハヤブサ」風)には、そのUFCで脚光を浴びた「グレイシー柔術」的な設定が盛り込まれていた。


キン肉マンとの決着戦は東京ドームで行われるが、同会場でのヒクソン・グレイシーvs高田延彦の世紀の一戦(記事はこちら)は、この作品から2年後のこと。
高田の完敗を思うと、キン肉マンが格闘家をコテコテのプロレスで破る姿は実に痛快極まりない。

『格闘エース』版と37巻版の大きく異なる点とは?


格闘エース版「マッスル・リターンズ」と37巻掲載版は大きく設定が異なる。

37巻では、セコンドのジェロニモがやたらと大ゴマで描かれていたが、それは初出ではミート君の役割だったから。
しかし、このミート君、『2世』以前に描かれたこともあって「コールドスリープ」設定がなく、普通に成長してしまっているのだ。
思春期特有のアンバランスさをフィーチャーしてしまったようなキャラデザで、持ち前の愛くるしさ皆無。微妙な姿に成長した子役を見たときのあの感じである。


同じく『2世』以前に描かれたケビンマスクも、量産型ロビンマスクといった貧相な佇まい。37巻では、本来のケビンの姿を子どもにアレンジしたデザインとなったが、どの道『2世』との時系列が合わないのであった。

その他にも辻褄が合わない点が


そもそも、「マッスル・リターンズ」は初代から5年後の世界という設定である。
キン肉マンが「王位争奪編」後に隠遁生活を送っていたと描かれているが、これでは完璧超人始祖との激闘や現在のシリーズがなかったことになってしまう。
ガンマンとの闘いで戦闘力が急上昇し、作中最強の一角にまで成長したバッファローマンがBUKIボーイに瞬殺されるのも納得がいかない。

そもそも、『キン肉マン』に整合性を求めること自体、無駄な努力なのは百も承知であるが。


ちなみに、「超人究極(アルティメット)チャンピオンシップ」は16名参加のトーナメントだが、トーナメント表をよく見るとティーパックマンが1回戦を勝ち上がっていたり(吹き出しで隠れてしまい対戦相手は不明)、ジェシー・メイビアがペンタゴンに勝っていたりする。
マニアなら隅々まで見返してほしい。

作画の中井先生は『マッスル・リターンズ』を書くに当たって「心が沸き立つような感覚に襲われた」と語り、原作の嶋田先生も「当時の熱い感覚がよみがえってきた」と語る。

『キン肉マン』への強い思い入れがほとばしっているだけに、読み切りとしての完成度は高い。
辻褄合わせは置いといて、その独自の世界観をあらためて楽しんでみたい傑作である。