他の例をあげると、
『パンの耳』と同じように目標が『食品』で『人体』が『起点』である『目玉焼き』、『植物』が起点である『もみじおろし』、『天体』が『目標』で『動物』が起点である『ひつじ雲』などもあります。
今回の『パンの耳』の場合は、最初にお話ししたように、『パンの端→目標領域:食品』が『人間の顔の端である耳→起点領域:人体』に『位置関係が近い→類似関係』ことから生まれた『メタファー』となるわけです」
――つまり「パンの耳」は、パンの端っこが、人間の顔の端っこにある「耳」と「位置的に似ているから」ということで使われるようになったということですか?
今井「そういうことになりますね」
「パンの耳」と言うのは日本だけだった!

――他の国では「パンの耳」という言い方をしているところはあるのでしょうか?
今井「他の国では『パンの耳』という言い方をしているところはないと思います。私個人では聞いたことはありません。
英語では、『crust (of a slice of bread)』と言いますが、『crust』は『外側の固い皮』というような意味ですから、食パンを切る前の一斤として見て『皮』を使っていますね。
フランス語では『crou^te』。これも英語と同じく『皮』という意味です。チーズの外側も同じく『crou^te』と言い方をします。
中国語では『面包皮』です。やはり英語やフランス語と同じように『皮』ですね。中国の場合はパンが輸入されたときに、言葉も輸入したのかもしれません。
ちなみに、フランスパンなどのパンの塊の端っこのことを、英語やフランス語では『踵』いう言葉を使いますが、これも『パンの耳』と同じ『メタファー』になります。
――なるほど、「パンの耳」という言い方は日本で独自に生まれたということなのですね
今井「そうです。そういう点で、日本語はとてもユニークだと思います。日本のように独自に言い方が生まれたのは珍しいのではないでしょうか」
ーーーーーー
「パンの耳」は他の国にはない、日本独自の「言葉」だということがわかりました。それにしても、顔の「耳」と「食パンの端」を結びつけるなんて、その発想が面白いですよね。日本語の深みをしみじみと感じる話でした。
取材協力:筑波大学 今井新悟先生、株式会社アルク
今井新悟編著(2011)『日本語多義語学習辞典 形容詞・副詞編』アルク
https://ec.alc.co.jp/book/7011005/
(西門香央里)