HPVワクチン反対騒動という“魔女狩り”に加担したメディアと傍観者
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英科学誌「ネイチャー」による「ジョン・マドックス賞」の2017年受賞者に、日本のHPVワクチン副作用に関する政治的かつ社会的な問題について追及を続けてきた医師兼ジャーナリストの村中璃子氏が選ばれたことが、ネット上で大きな話題になっています。

副作用問題で大きく揺れたHVPワクチンは、TV等の大手マスメディアはまだ静観を保ったままですが、インターネット世論においては近年少しずつ潮目が変わってきているように思います。
あくまで肌感覚でしかないですが、TwitterでもHPVワクチン副作用騒動においてマスメディアが非科学的な反対運動に加担した問題を追及する投稿が、今年に入ってからとりわけ多く見られるようになったと感じています。

また、私自身のTwitterに対する反応にも、違いが如実に現れるようになりました。2011年以降、HPVワクチンに関する話は定期的に投稿しているのですが、今年11月に私が投稿したツイートは、“リツイート”が約300件、“いいね”が約550件となったのです。通常、共感を呼ぶ投稿は“いいね”のほうが多くなる傾向にあるのですが、HPVワクチンに関する投稿でこれだけ“いいね”の比率が高いのは、今までには無かったことです。


男性著名人が続々とワクチンを接種!


さらに、男性でHPVワクチンを接種した人も続々と出てきています。子宮頸がんの原因となるHPVは主に性交によって男性から女性に感染すると言われていますから、男性がHPVワクチンを接種することは、セックスパートナーのHPV感染リスクを下げる可能性があり、とても有意義なことです。また、4価以上のワクチンであれば、男性自身の尖圭コンジローマや咽頭がん等にも予防効果があると言われています。

私は長らくリプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)に関する啓発活動にかかわっていて上記の事実を知っていたので、MSD社の「ガーダシル」が日本で2011年に承認されたのを機に接種しました。その後、「その話は貴重だから絶対記事化したほうが良いと思いますよ」と勧められて、インターネット上で初めて公表したのがHPVワクチン反対運動の最盛期である2013年でした。

それから約4年が経ち、ようやく男性著名人でも接種を行う方が少しずつ増えてきているのです。今年8月に堀江貴文氏がグラクソ・スミスクライン社の「サーバリックス(2価ワクチン)」の3回接種完了、社会起業家の駒崎弘樹氏が11月、都議会議員の音喜多駿氏が12月にガーダシルの接種をしたことを公表しています。是非今後も様々な著名人に続いてもらいたいものです。

一方で、彼らの接種公表が大きな批判につながっていない現状を見ていると、私が公表をした約4年前とは隔世の感があります。
村中氏が受けたのとは比べ物にならないくらい少量だと思うのですが、それでも「こいつ自分に毒を盛っている!」「自分だけにしろ!広めるな!」と散々言われてきました。


村中氏等が受けた「現代の魔女狩り」


その後、プロとしてメディアの仕事をさせていただくようになってからも引き続きHPVワクチンの必要性は訴え続けていたのですが、啓発業界の関係者から「HPVワクチンを推進するような発言をしていて、連載しているメディア側から圧力がかからないのですか?」のような心配をされたことが何度かありました。

はじめは何のことかサッパリ分からなかったのですが、先述の村中氏は出版を差し止められたり、家族への脅迫をされたりしたとのことです。また、同じく積極的に発言していた読売新聞ヨミドクター元編集長(現BuzzFeed Japan Medical編集長)の岩永直子氏も、圧力を受けたことを公表しました。おそらく私を心配した彼らは、彼女等と同様の圧力を受けていないかを気にしてくださったのでしょう。

私も村中氏等にそのような圧力がかかっていたことはつい最近知ったのですが、HPVワクチン勧奨賛成派に総攻撃を仕掛けて、メディアもそれに加担してしまうという状況はもはや「現代の魔女狩り」としか思えません。まさに政治における「非科学の勝利」であり、そのようなことが現代社会でも普通に起こってしまうことに、大変恐怖を覚えます。ハンセン病の差別問題にも通じるところがあるようにも感じました。

さらに、普段は海外の先進国において当たり前となっている見識と比較して、日本のガラパゴスな社会課題や非常識を指摘しているオピニオンリーダーですら、HPVワクチンの問題ではすんなりと日本国内のガラパゴス世論に踊らされている人もいました。リテラシーがあると思っていた有識者ですら、いとも簡単に「HPVワクチン=悪」という世論を信じ込んでしまった状況を見て、人間の判断はこれほど脆弱なのかと痛感したことを今でも強く覚えています。

それらの惨状を考えると、私と関わっている編集者の方々はその「魔女狩り」の波に乗ることなく、冷静な判断で私のことを処遇してくださったわけですが、本当にそれは幸運でしかなかったと改めて思います。一方で、圧力を受けずに発言できる立場だったのであれば、私がもっとこの問題を重点的に追及するべきだったのではないかと、深く反省もしています。


見て見ぬふりが招く間違った世論の暴走


啓発活動を行う個人の立場や啓発事業を行う企業の代表の立場としては、HPVワクチン接種の必要性を訴える人が増えてきたことは大変喜ばしいことではあるのですが、その一方で、社会問題を論じる評論家の立場としては、副作用問題が最盛期を迎えていた時には沈黙を守っていたのに、潮目が変わってから賛成の立場を表明する人々に対して強い不信感を抱いているのも事実です。


まるで、イジメがクラスの中で大々的に行われていた頃には見て見ぬふりをしていたのに、先生による介入が始まってイジメっ子の立場が徐々に不利になると、イジメっ子への批判を始める人のように感じます。見て見ぬふりが加害者を赦すことでイジメの発生の片棒を担いでいる同様に、潮目が変わってからようやくHPVワクチン賛成の立場を表明する人々も、子宮頸がんによる死亡者減少を邪魔した一人だと思うのです。

ところが、彼らがそれに対する反省が表明されていないことに、非常に強い恐怖感を抱いてしまいます。今回のHPVワクチン騒動に関しては今後収束に向かうのかもしれませんが、過去にも様々な「医療問題に関する世論のミスリード」が起こっており、それは今度も必ず起こることでしょう。その時に、見て見ぬふりをしたことに対する反省をしていない人は、またミスリードの片棒を担ぐことになるはずです。

医療というのは、専門外の人には大変分かりにくい問題です。昨今話題の「トンデモ医療」に限らず、専門の人々ですら時に間違ったことを述べてしまうことがあります。ですから、私たちは海外における情報等も含めて、高いリテラシーを身につけなくてはなりません。そして、歴史上何度も繰り返される世論のミスリードを教訓として、一人ひとりが「自分はミスリードには加担しないように!」という想いを持ち続ける必要があると思うのです。
(勝部元気)
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