そこで思い出したのが、いまから約45年前に同じくNHKで放送された連続時代劇「天下御免」(1971~72年)だ。「風雲児たち」にも出てきた平賀源内を主人公に据えたこのドラマは、必ずしも時代考証に忠実ではなく、ときには現代の街を源内たちが歩いたり、コマーシャルソングの歌詞を採り入れるなど遊んでみたりと、かなり冒険した作品だったという。《「天下御免」の素晴らしさは、時代考証などドラマ作りの根幹をなす部分はキッチリと守りながら、これをベースに現代を江戸の風俗に置きかえる工夫を重ね、許される範囲の、言い換えれば、あっても不思議のない一定のリアリティをもったアイディアを採用していること》だと評したのは、フジテレビで「鬼平犯科帳」などのヒット作を生んだ時代劇プロデューサー・能村庸一である(能村庸一『実録テレビ時代劇史』ちくま文庫)。

この評は、みなもと太郎の『風雲児たち』、そして三谷幸喜の時代劇作品にもそのまま当てはまりそうだ。それも当然で、三谷は少年時代に「天下御免」を夢中で観ていたのだから。かつて彼は《『天下御免』は僕の原点。早坂暁さんが書かれたシナリオ集はバイブルです。/いつか僕もあんなドラマが書きたい!NHKで書きたい!》とも語っていた(NHKアーカイブスHP「あの人のとっておきセレクション」)。

早坂暁は「天下御免」のメインライターとして、当初、橋田壽賀子と佐々木守とともに参加したが、ほかの二人は早々に離脱、結局は彼だけで大半の回の脚本を手がけることになったらしい。早坂はその後「夢千代日記」「花へんろ」などの名作ドラマを生み、昨年12月16日に88歳で死去した。訃報が流れたときには、おそらく「風雲児たち~蘭学革命篇~」の撮影はすでに終わっていたはずだが、放送のタイミングからして、このドラマは期せずして早坂へのオマージュにもなっていたように思われてならない。

平賀源内については、みなもと太郎の『風雲児たち』からドラマではとりあげきれなかったエピソードも多々ある。いずれスピンオフというか、源内はじめほかの風雲児たちを主人公に据えた続編も観たくなった。連続ドラマとまではいかなくても、年に1~2回、ドラマ化するということはできないものでしょうかねえ。
(近藤正高)