“やりたい仕事”という概念は時に危険だ。
“理想の恋人”と同じレベルで危険だと思う。
だって、就活だって理想と現実の狭間で着地点を見つけるわけだから。それでも大人になっても、しばらく働いて「やりたい仕事と違うから」と転職する人も少なくない。上司と決定的に性格が合わないとか社長からヤバイ宗教に勧誘されたとかなら即転職すべきだが、やりたい仕事をしたいって、例えばウン億の給料を貰っているプロ野球のスター選手でも自分の希望通りのポジジョンでプレーできる選手なんてほとんどいない。今季からロッテ新監督に就任した井口資仁もそうだった。
天才のプライドが傷ついた二塁手転向
井口と言えば、子どもの頃は自他ともに認める天才野球少年である。自著『二塁手論』(幻冬舎新書)の中では「自分は大人になったら確実にプロ野球選手になるものだと思っていた」「運動に関して僕は友達の誰よりも優れていたと思う。体力とか運動能力のテスト結果が、東京都内で3位より下になった記憶はない。同年代の子供の中で自分より野球が上手い子供は見あたらなかった」と第一章の冒頭にいきなりぶっこむ自信の塊。
そんなスター候補生にとって、プロ4年目のオフに言い渡されたショートからセカンドへのコンバートはショックだったという。アマ時代は“20年に1人の遊撃手”とまで称された男のプライドはひどく傷つけられる。誰にも負けない身体能力を誇り、中学、高校、大学、プロと常にその内野の花形のポジションは自分のものだった。なんで俺がコンバートなんだよ……。心の中は不満と不信でいっぱい。だが、セカンドの練習を重ねる内にその奥深さと難しさに虜になる。送球、ランナーに対する動き、スライディングからの逃げ方、こんなに面白いポジションがあったのか。そして井口はこう書くのだ。「ショートというポジジョンに対するプライドは、自分の無知からくるものだった」と。
この考え方の柔軟性は凄い。
変化を受け入れ、二塁手転向が野球人生のターニングポイントとなり、打撃成績も一気に上げた井口は01年にはNPB史上3人目(張本勲、秋山幸二)となる30本40盗塁を達成。03年にも打率.340、27本、109打点、42盗塁で01年に続き2度目の盗塁王を獲得。さらに両年とも二塁手としてベストナインに選出、ゴールデングラブ賞も獲得している。
チームのために自己犠牲を強いられたメジャーでの2番起用
そして、05年から悲願のメジャー移籍を果たすわけだが、ここでもひとつの壁にぶち当たる。ホワイトソックスのギーエン監督は一発の長打に頼らない、きめ細やかな“スマート・ベースボール”のキーマンとして井口を2番で起用したのだ。
当然、求められるのは“自己犠牲”。1番打者の盗塁を助ける為に絶対打つなとサインが出て、時に進塁させるために打率を捨て、右打ちをする。自身が出塁すると、クリーンアップのバッティングを生かす為に走るなと言う。
二塁手転向、2番起用……その想定外の希望しなかった仕事を受け入れ、結果を残し続けた男は日米通算2254安打を放ち昨季限りで現役引退。今季から43歳にしてロッテ新監督を務めている。その選手生活は“今やりたい仕事”より“自分にできる仕事”で運命を切り開いたと言えるだろう。いわば逆境をチャンスに変えてきた井口監督が、昨季最下位に終わったロッテをどう甦らせるのか楽しみに待ちたい。
【プロ野球から学ぶ社会人に役立つ教え】
大人は“やりたい仕事”より“できる仕事”。
(死亡遊戯)