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今夜最終回「みなさんのおかげでした」とんねるずはお笑いの歴史に何を残したのか…改めて考えてみた

『とんねるず 大志』ニッポン放送出版)。ただし、小林信彦が井原から聞いた話では、往年のお笑いトリオの「脱線トリオ」「てんぷくトリオ」からトンネルをイメージしたとも、あるいは「暗い奴ら」という意味も込められていたともいわれる(「新潮」1989年4月号)。

そのとおり、コルドンブルー時代の彼らは暗かったのだろう。しかも店の客層は中年以上のお金持ちが中心で、それまで同年代を相手にしてきた彼らの芸はまるでウケなかった。結局、コルドンブルーは6ヵ月でクビになる。それでも奮起して、ふたたび「お笑いスタ誕」に挑戦。ゴールデンルーキー賞というシリーズの決勝で敗れはしたが、これをきっかけにいくつかの事務所から誘われ、「お笑いスタ誕」を手がけていた日企という番組制作会社に所属することになる。

事務所に入ってからは日本テレビの番組を中心に出演し、年齢からすればかなりの収入も得るようになった。歌手の西城秀樹が司会を務める「モーニングサラダ」という番組に出演し、構成を担当していた秋元康と出会ったのもこのころだ。

素人参加番組への出演を手始めに、「お笑いスター誕生!!」での善戦により大物プロデューサーからプロ入りをうながされ、コンビ名まで与えられた。最初に所属したのも番組制作会社と、とんねるずはまさにテレビから世に出て、テレビに育てられた“純テレビタレント”だったともいえる。その初期の持ちネタにもテレビに関するものが多く、のちの「みなさんのおかげです」では、「仮面ライダー」や「傷だらけの天使」など往年のテレビ番組をディテールまでこだわりながらパロディにしたコントが目玉となる。
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