いま最も笑えるコメディ映画やドラマをつくると絶対的な信頼を集める福田雄一監督が、山田孝之と長澤まさみのW主演作『50回目のファーストキス』(6月1日公開)でピュアなラブストーリーに挑んだ。笑える部分もたくさんあるが主軸はラブで、クライマックスはほんとうにロマンチックでキュンとなる。
オリジナルの洋画(2005年に『50回目のファースト・キス』として日本で公開)の主役を日本人に置き換えた作品とはいえ、いったいなぜラブストーリーなのか聞いてみると、福田の作品が多くの観客に受ける理由が見えてきた。
山田孝之や小栗旬の笑いの才能を開花させた監督・福田雄一の新作は恋愛映画
山田孝之と福田雄一監督

日本人はアメリカ人より笑いに厳しい


──福田さんは原作ものの台本をかなり書き換えることで有名ですが、プレスによると、今回に限って最初はかなり元の映画どおりの脚本で、プロデューサーの要望で福田さんのカラーである“おもしろさ”が足されていったそうですね。
「元が良く出来た話だったので、構成は変えずに会話の内容を変えたり登場人物をだいぶ個性的ななキャラクターにしました。とりわけ原作のお父さん(佐藤二朗)はあんなに変なこと言わないし、原作の弟(太賀)もあんなバカじゃないし(笑)。あと、ウーラ(ムロツヨシ)もだいぶ様子のおかしい人になりましたが、それでいて、山田くん演じる弓削大輔への友情などは、『勇者ヨシヒコ』シリーズのファンの方をはじめとして、日本のお客様がちゃんと楽しめるような形にできたと思います。僕が脚本を書き換えるときは、だいたい脚本がわかりにくいときなんですよ。主にミュージカルですが。
ミュージカルの台本はだいたいわかりにくい台本が多いので(笑)」
──それは書いていいものですか。
「だって笑えないじゃないですか(声をひっくり返すほど大にして)。アメリカ人が笑っている台本って日本人はほとんど笑えないですよ。ボクの大好きなモンティ・パイソンの『スパマロット』でさえ、和訳の台本を読んだときにアメリカ人はこんなことで爆笑しているのかと思いましたから」
──それは日本人と欧米人との価値観の違いなんでしょうか。
「価値観というか、笑いの沸点の違いとかいろいろ理由があると思いますが、なによりアメリカ人はとにかく笑いに対して前のめりで、演者がちょっとでも面白いこと言ったら笑いますよっていう構えでいるんですよ。だから、たとえレベル2くらいのことでもドーン! っと沸く。
それに比べて、日本のお客さんはレベル2だとクスリともしてくれません。だからミュージカルの台本に関してはたくさん直します。ミュージカル『ヤングフランケンシュタイン』(17年、小栗旬主演で上演された)もたくさん日本向けのギャグを足させてもらいました(笑)」
──そういう意味では、元の映画『50回目のファースト・キス』(洋画にはナカグロがあり、邦画にはない)はしっかりした台本だったんですね。
「ラブコメとしてしっかりした構成をもっていたので、会話の内容を変えていけば、ちゃんと日本のお客さんにも受け入れていただけるだろうという思いで書き換えていきました」
──福田さんは台本の読み込みと分析をしっかりされる方なんですね。
「なによりも『わからない』と言われることがいやなんですよ。『つまらない』と言われるより『わからない』と言われるほうがショックです。
『つまらない』はそれこそ価値観の違いだから、僕は面白いと思っていますで済みますが、『わからない』は、わからなくしちゃった僕の責任じゃないですか。『50回目のファーストキス』の原作は当然ながらアメリカ人同士の会話なので、それを『これはアメリカンジョークですからわからなくてもいいですよ』というようにさらっと流さず、日本の観客が楽しめる笑いにうまいこと調整しました」
山田孝之や小栗旬の笑いの才能を開花させた監督・福田雄一の新作は恋愛映画
長澤まさみと福田雄一監督

ラブストーリーは未知なる世界


──みんなにわかるものというお話で思い出したのが『スマートモテリーマン講座』です。あれの最新版(17年に上演。安田顕、戸塚純貴などが出演した)を見て……。
「なんで見ちゃったんですか。あれは見なくていいですよ! 『見なくていい』というのは僕にとって“くだらないもの”への決まり文句で、“くだらないもの”というのもある種の賛辞です(笑)。そういう意味では『50回目のファーストキス』は純粋におもしろいので、純粋に見てほしいという気持ちがありますね」
──『50回目のファーストキス』は面白かったですし、『スマートモテリーマン』も面白かったです。
その『モテリーマン』で、決め台詞を唐突に吐くんじゃなくて積み上げて積み上げて言うんだよ!というような台詞があったじゃないですか。そこが面白くて。
「あはは。あれはぶっちゃけ少女漫画への抵抗みたいなものです。戸塚純貴くんがモテようとして少女漫画を研究するんですが、少女漫画を読んでいると、そんなキザなこと言う!? っていう場面と台詞がいっぱいあるじゃないですか。ここでこの台詞言う? みたいな。
それが面白くてしょうがないから、笑いのネタにさせてもらいました」
──それって、ほんとならいろいろな感情や行為を積み上げてから語るべきことを、唐突にふんわりしたことを言う作品への批評ですよね(笑)。
「そんな真面目な話ではなく、唐突に言うことを笑いにしているだけです(笑)。戸塚純貴くんがまったく恋愛をわかってなくて、なんの前触れもなく、ロマンチックな台詞を言ったらばかだろうっていう、単純な話です。
少女漫画は僕にとっては未知の世界で面白いものです。ちなみに、『50回目のファーストキス』のプロデューサー(松橋真三、北島直明)は少女漫画が原作の『オオカミ少女と黒王子』(16年)のプロデューサーです」
──そうなんですね。『50回目のファーストキス』がとてもよくできていたので、ラブストーリーのツボを研究されているんだなと思って。

「おもしろいから、けっこう見ていますよ」
──お好きですか。
「好きではないです(笑)・・・好きではないんですけど(笑)面白いんですよ。自分が絶対にやらないジャンルだから。なんかわからないことがあまりに散りばめられていて楽しいんです」

観光映画でないハワイ映画


──今回、この話が来たときはなぜやろうと思ったのですか。
「単純に、プロデューサーの松橋さんが『世界で一番好きなラブコメです』と言って勧めてくれて、見たら面白くて。ハワイが舞台の映画で、ハワイが大好きで詳しい僕なら、観光映画ではなく、そこで生活している人たちの映画を撮ることができそうだと思ったんです。日本人の知っているハワイは、ワイキキとアラモアナ一帯じゃないですか。ちょっと足のばしてもカハラくらい。サーフィンやる人はノースくらいまで行くでしょうが、ふつうの観光客は北まで行きません。そうすると、ハワイといえば華やかなブランド街のイメージ一色になる。でもじつは、そこからちょっと外れたオアフに住んでいる人たちはすごく穏やかな生活をしているんです」
──ハワイを舞台にした生活者の映画が作れると思ったと。
「僕がハワイ詳しくなかったら、もっともっと遊び映画になったと思うんですよ。ワイキキ、アラモアナ、ダイアモンドヘッドとかみんなが知っているリゾート地をいっぱい出して。こんなに楽しいぜハワイっていう、観光映画に。ところが僕の撮った映画は、ハワイを意識させる画がほぼほぼないんですよ(笑)。ハワイの観光地めいたところを出さないことが最初のコンセプトで、観光地からだいぶ離れたところでロケをしました。有名な『ジュラシックパーク』のロケ地は出てきますが、言うても“山”ですからね(笑)」
──なぜ、そういう選択を。
「観客の方に、いわゆる遠いお国の話と思われるのがいやだったんです。高価なお金を出さないと行けない、自分たちとはまったく関係ない土地のお話だと思われないように気をつけました」
──牧歌的な雰囲気も良かったですし、星の風景が最高にすばらしかったです。
「星のシーンのロケ地だけマウイ島です。ずっとオアフで撮っていて、最後だけマウイ島の頂上の観測所で撮りました。そこはやばいくらいに星がきれいで。富士山と同じくらいの高さあって、寒いし空気薄いし、ふつうに歩いていても息切れするんですよ。スタッフ、みんなバテバテでした」
山田孝之や小栗旬の笑いの才能を開花させた監督・福田雄一の新作は恋愛映画
佐藤二朗と福田雄一監督

山田孝之の巧さに泣かされた


──そういうロマンチックな背景もある映画ですが、よく、笑わせるより泣かせるほうが簡単と聞きますが、福田さんはいかがですか。
「そう思います。笑いのツボは千差万別ですが、正直、泣きのツボは多くないと思っています。でも、今回は、あざとく泣かせてやろうと思って作っていません。自分が純粋に感動できるものを作っているだけなんです。僕はたしかに笑いに魂を売った人間ではありますが、それなりに感動はするので、変にあざとくせず、ちゃんと自分が感動するものをつくったつもりです」
──プレスを読むと、山田さんのある場面を見て福田さんはすごく泣いていたとあります。
「そうなんです、めっちゃ泣きましたよ。はじめてじゃないかな、撮影中、モニター見ながら泣いたの。いままで、おバカなものしか撮ってないですから。笑いながら泣いたことはありますが、泣きのシーンで泣いたのははじめてで貴重でした。山田くんが泣くシーンで山田くんと同じ気持ちになっちゃって、山田くん以上に泣いてしまい。その顔を山田くんに見られたときの恥ずかしさたるやなかったです(笑)」
──山田さんの演技がそれほど迫真だったと。
「巧いですね、山田孝之」
──叙情性がありますね。
「これまでも山田くんにはいろいろ驚かされてきましたが、今回の感想としては一言、『山田孝之、巧い』。もちろん、巧いのはわかっていましたし、日本全国、津々浦々、多くの人が山田孝之が巧い役者だと知ってい
るでしょうけれど、ほんとうに巧いと改めて感じました。ああ、そこでそんな顔するんだーと感動することがけっこう多かったです。佐藤二朗さんも派手に酔っ払ってTweetしていましたけど、山田孝之はすばらしいですね、役者として」
──これで福田さんも、『勇者ヨシヒコ』などの山田孝之さんの笑いの部分のみならず、叙情性の部分も撮られたことになりますね。
「山田くんとの最初の出会いは、僕の映画監督デビュー作『大洗にも星はふるなり』で、そのときから笑いに対する欲張りっぷりがハンパなかったんですよ。それまで、笑いができる俳優というイメージのなかった彼が、とにかく笑いっていうものをやっていこうと思った時期だったようで。忘れられないのは、『大洗〜』の打ち上げのときに『僕は悔しさしかないです』としきりに反省しているから、『何が悔しかったの?』と聞いたら、『佐藤二朗が面白過ぎた。佐藤二朗の引き出しが欲しい』と言うんです。『その引出し、山田くんにはまったく必要ないよ』と僕がとりなすと、『欲しいんです。僕もあの引出しが欲しいんです』と言い続けるから、欲張りだなあと思って(笑)。もっとも彼に限らず、役者さんはみんな欲張りですよね(笑)。『銀魂』をやって、小栗くんも欲張りだと思いましたよ。彼もそんなにコメディに興味はなかったでしょうけれど、やるからには俺も笑いをとりたいと相当いろいろ研究したと思います。それが次の『銀魂』パート2で花開いていますよ」
──俳優の欲望をちゃんと満たしてあげられるのが福田さんなんですね。
「僕ももらっているんですよ、彼らから。欲張りな役者さんは僕に成果をくれます。わあ、こんなことできるようになったんだ、すごいな!という喜びをもらえます。以前、鴻上尚史さんと対談させてもらったときに、『福田くんは劇団体質なんだよ。もともと劇団をやっているから、映画もドラマも演劇も、だいたい同じようなメンツで作っているよね』と言われたことがあります。ただ、誰でもいいわけじゃなくて。自分で言うのもあれですが面白い台本を書いているつもりなので、もともと面白い台本をさらに超えてくるのはなかなか骨の折れる作業で、それをやれる役者さんはなかなか少ないです。でもそれをやろうとする努力と思いさえあれば絶対におもしろくできるようになる。その最たる俳優が山田孝之くんや小栗旬くんなんです」

プロフィール
Yuichi Fukuda
1968年、栃木県生まれ。脚本家。演出家。映画監督。1990年劇団ブラボーカンパニーを旗揚げ、演劇活動の傍ら放送作家となる。テレビドラマの脚本や演出も手がけるようになり、2009年『大洗にも星はふるなり』で映画監督デビュー。映画監督作に『コドモ警察』『HK変態仮面』『HK 変態仮面アブノーマルクライシス』『俺はまだ本気出してないだけ』『銀魂』『斉木楠雄の災難』などがある。『銀魂』パート2が夏公開予定。


【作品データ】
50回目のファーストキス
脚本・監督 福田雄一
出演 山田孝之 長澤まさみ ムロツヨシ 勝矢 太賀 山崎絋菜/大和田伸也 佐藤二朗
6月1日(金)全国ロードショー

ハワイでコーディネーターとして働く弓削大輔(山田孝之)は、ある日カフェで出会った藤島瑠衣(長澤まさみ)に恋をする。だが、彼女は記憶がたった1日しか保たない短期記憶障害を患っていた。翌日になると昨日のことをすっかり忘れてしまう瑠衣に、弓削は毎日アプローチし続ける。

(木俣冬)