日本のみならず、世界ではさまざまな陰謀論が渦巻いている。そのベースになっているのが「秘密結社」の存在だ。
フリーメイソン、イルミナティ、スカル・アンド・ボーンズ……実態は知らなくても、名前ぐらいは聞いたことある人も多いかもしれない。

そんな数々の秘密結社を豊富なビジュアルとともに紹介しているのが、ナショナルジオグラフィック別冊『秘密結社 世界を動かし続ける沈黙の集団』である。
地震兵器のフリーメイソン世界の富を支配するイルミナティの謎「秘密結社 世界を動かし続ける沈黙の集団」

ナショナルジオグラフィックの手によるものなので、安易な陰謀論に1ミリも流れていないところがポイント。秘密結社の成り立ちから背景、社会や政治への影響、現在の姿までを簡潔に記している。

フリーメイソンはただの慈善団体?


さっそく具体例を見てみよう。まずは名高いフリーメイソンだ。東日本大震災の際には「フリーメイソンが“地震兵器”で災害を引き起こした」なる陰謀論も飛び交っていたという。
ひどい話だ。

フリーメイソンの起源はウィキペディアを見てもはっきりしないが、本書ではヨーロッパで起こった三十年戦争(1618~1648年)の後に起こった「啓蒙運動」がフリーメイソン誕生の契機になったと記している。

三十年戦争とはプロテスタントとカトリックの対立の中で行われた最後で最大の宗教戦争と呼ばれているもので、ヨーロッパ全土で苛烈な暴力の嵐が吹き荒れた。そこで、キリスト教の信仰に疑問を持った人々であるオランダ人哲学者のスピノザ、英国人物理学者のニュートン、ドイツ人哲学者のカントら知識人が起こしたのが「啓蒙運動」だった。米大陸でもこの思想に共鳴した人は多く、やがてアメリカ革命へとつながっていく。そんな中で生まれたのがフリーメイソンである。


フリーメイソンは「非宗教、非政治団体として、新たな道徳観と霊的な価値観を定義し、日々の生活のなかでそれを広めようとした」と本書には記されている。もともとは石工(メイソン)たちの同業組合だったという説もあり、フリーメイソンのシンボルが定規とコンパスなのもその名残だ。なお、ピラミッドに目の「プロビデンスの目」が有名だが、これは啓蒙運動にかかわった団体が好んで使うシンボルであり、フリーメイソンに限られたものではない。

フリーメイソンは自由な理念を持つことで、何世紀もの間、独裁政権や教会による抑圧を受けてきた。もともと教会に批判的な存在だったわけだから、それも当たり前だ。なお、植民地から解放されたばかりの米国では、ロッジ(活動拠点)のグランドマスター(大親方)をジョージ・ワシントンが務めていた。


現在でもフリーメイソンの活動は盛んで、世界中で慈善活動や奉仕活動に専念している。米国には合計200万人もの会員がいるらしい。地震兵器から100万光年遠い団体だ。

イルミナティは18世紀になくなっていた!?


次に、近年はフリーメイソンよりも陰謀論が盛んなイルミナティについて。「世界単一政府の樹立を目指している」とか「地球上の富の80%はイルミナティのもの」なんてことも言われているらしい。なんじゃそりゃ。

「光を当てるもの」という意味を持つイルミナティも、フリーメイソンと同じくヨーロッパ社会を支配していた教会に対抗する啓蒙運動から派生している。
ドイツ人哲学者のワイスハウプトが「人間は理性の力で向上できる」という思想を広めるため、1776年に創設した組織がイルミナティだ。

イルミナティは折からの秘密結社ブームにも乗って会員を集め、ドイツの詩人ゲーテも入会していたが、1785年にバイエルン選帝侯によって活動を禁止されてしまう。イルミナティはこの時点で歴史から消滅した。

しかし、そのわずか4年後、フランス革命が起こった際、イエズス会の聖職者たちが「イルミナティとフリーメイソンがフランス国家の転覆を企てた」と書き立てた。悪意のこもった陰謀論だ。この話を取り上げる論者も多く、19世紀頃から「邪悪で破壊的な運動」というレッテルが貼られてしまう。
ダン・ブラウンのベストセラー小説『天使と悪魔』にも“悪の組織”としてイルミナティが登場する。

繰り返すが、イルミナティという組織は18世紀末に消滅している。陰謀論がひとり歩きしているに過ぎない。

秘密結社は今も生まれ続けている


ほかにも本書で取り上げられている秘密結社は、古代から現代に至るまで多岐にわたる。肉体的快楽を肯定していた「ディオニュソスの秘教」、マグダラのマリアを信仰していた「キリスト教グノーシス派」、金融に強かった「テンプル騎士団」、ザビエルで知られる「イエズス会」、イタリアの混乱期に生まれた「イタリアン・マフィア」、米国の大学で生まれたエリート集団「スカル・アンド・ボーンズ」、“世界でもっとも忌むべき秘密結社”と言われる「クー・クラックス・クラン」、教義が秘密のベールに包まれている「サイエントロジー」などなどだ。

「暗殺教団」や「薔薇十字団」のように今でも謎に包まれた(実在したかどうかもわからない)秘密結社もあれば、「クー・クラックス・クラン」や中国の「三合会」のように犯罪に手を染める秘密結社もある。
「ナチのオカルト集団」という項目では、ナチス親衛隊の指導者ヒムラーが秘密結社に憧れ、思想や意匠などにオカルト秘密結社を取り入れたことが記されている。秘密結社はけっして無力なものばかりではなく、歴史や社会に大きな影響を与えたものも少なくない。

秘密結社に明確な定義は存在しない。本書の「はじめに」には、「秘密結社とは、特定の秘密を共有する者たちの集まりである」とシンプルに記されている。なお、存在が秘密であったり、構成員が秘密であったりしなくても秘密結社として認められる(フリーメイソンは存在も構成員も明らかにされている)。

重要なのが、秘密結社に集う人たちのことだ。本書で彼らのことを「『自分たちは特別な存在でありたい』と願う人たち」と表現していた。時代や地域にかかわらず、そういう人たちは大勢いる。既成の慣習や社会に満足しない、こうした人たちにより、科学、学術、宗教、政治、犯罪などの分野で新しい秘密結社は今もなお続々と生まれ続けてきている。

大げさな陰謀論に振り回されるのは、ほとんどが世界史に対する無知と無理解が原因だということが、本書を読めばよくわかる。一方で、新たな秘密結社の誕生を理解するためにも、本書は欠かせない一冊だと言えるだろう。
(大山くまお)