仕事しながら読書!? 精神科医・名越先生が編み出した読書術「三角読み」

一般的に読書は有意義なこととされ、速読を指南する本も多い。できるだけ速く、たくさん読むのが良いという価値観があるように思う。
しかし、本当にそうなのだろうか? 目的のない乱読であっても、読めば読むほど知的になれるの……?
テレビ出演などでおなじみの精神科医・名越康文氏がそんな疑問に答える『精神科医が教える 良質読書』(かんき出版)という本をリリースした。名越先生といえば博覧強記というイメージがあるが、意外なことに実は30歳まで、大の本嫌いだったという。そんな氏が試行錯誤のうえ身につけた独自の読書術について、お話をうがかってみた。
仕事しながら読書!? 精神科医・名越先生が編み出した読書術「三角読み」


読書に劣等感を持っていたからこそ、執筆を決意


――名越先生はこれまで心理学の著書は何冊か出されていますが、読書術について執筆されたのは初めてかと思います。きっかけは何だったのでしょうか?

名越 本当のことを言うと、この本の執筆はお断りしようと思っていたんです。僕は読書に苦労して、30歳から読書を再開した人間です。読書術の本は、年間何百冊も読まれている方が書くものだと思っていたんです。
僕なんてとんでもない。ところが、担当編集者に僕の今まで苦労してきた読書術についてお話したら、「おもしろい、それがいいですよ! そういう本を書いてください」と。編集者の話を聞いて、世の中には読書が好きだけど、読書に対してコンプレックスを抱いている方が意外に多いと知ったんです。
読んだ知識、教養がもっと展開されるような読書の仕方はないものか。それが人生に活かせる読書はないものか。自分は読書が下手なんじゃないのか。
そんな人がゴロゴロいると気づきました。
そういった人たちになにかヒントになる、手を差し伸べるような本はできないか。元々読書ベタだった僕だからこそ書けるんじゃないか、と思ったことが執筆の動機です。


名越流「三角食べ」ならぬ「三角読み」


仕事しながら読書!? 精神科医・名越先生が編み出した読書術「三角読み」
名越先生が仕事に詰まると読むという、『羽生善治論 「天才」とは何か』(角川oneテーマ21)

――本書によれば、集中力が続くよう1冊の本にかける時間は少なく、電子書籍含む6冊ほどのジャンルの違う本をいつも持ち歩いていらっしゃるんですよね。1日のなかでいつ、読書されているのでしょう? 習慣になっていないと、なかなかいざ時間をとるのは難しそうに思うのですが……。

名越 変だと思われるかもしれませんが、僕は仕事をしながら読書をしています。本書で紹介している「三角読み」ですね。
原稿を書いて、飽きたら本を読んで、ツイートする。なので、読書が1時間の中に、10分間隔で絶えず組み込まれているんです。いまは仕事に詰まると、ひふみんこと加藤一二三さんが、羽生さんについて書かれている『羽生善治論 「天才」とは何か』 (角川oneテーマ21)を読んでいます。

「三角読み」は、国家試験の勉強をしているときに編み出しました。当時Twitterはありませんでしたが、大学時代も僕は集中力がなく、散漫な学生だったのです。医師国家試験の勉強は、もし参考書や過去問を床に詰めば天井に届くような量です。

そこでふと、まわりの音が消えるほど集中している時間って1時間にどれぐらいあるだろう?と思いました。これも驚かれるかもしれませんが、自分で調べてみると調子のいいときで15分、調子が悪いと10分を切ります。これは僕が特殊というわけでもなくて、だいたい人間の集中力はそれくらいのようです。僕は集中時間が10分を切ったら散歩に出ると決めました。散歩に出てから、公園で参考書を読んだりね。

――なるほど! 私も原稿をちょっと書いては、ついついネットを見てしまい……と、イヤになるほど集中力がない人間なのでとても共感します。
10~15分なら確かにどんな人でも集中できるかもしれませんね。


名越 みなさんは「読書のための時間が取れない」と悩まれているかもしれませんが、集中力なんて最高でも15分しか続かないんですよ、とお伝えしたいです。1時間のうち、45分はポカンと妄想しているんです。その妄想時間の15分だけでも、読書に当ててみてください。


名文にはリズムがあるので「音読」もおすすめ


仕事しながら読書!? 精神科医・名越先生が編み出した読書術「三角読み」
名越先生がここ10年、繰り返し読んでいるという、『空海「秘蔵宝鑰」』(角川ソフィア文庫)。空海の本は、後述する先生自身の関心ジャンルのてっぺんにあたる、「頂の本」でもあるという。

――毎年、東大や京大といった難関大学の合格者を出している灘高で、中勘助の『銀の匙』を3年かけて読むという一見、非効率な授業の例をあげて、遅読の効能をあげていらっしゃいましたね。先生には、30歳以降、何年もかけてじっくり読んでいる本というのはありますか?

名越 この10年繰り返し読んでいるのは『空海「秘蔵宝鑰」』(角川ソフィア文庫)です。この本は、人間の心や魂の成長段階を10章に分けて書いてあるものです。

ほかにも空海について書かれた『日本真言の哲学』(大法輪閣・絶版)は300ページ以上ある分厚い本ですが、3回読み直しています。この間4年ぶりに『孟子』を読み直しましたが、4年前とは違う印象を持ちました。

その時々に足りない栄養が欲しくなるのか、おせち料理のように、その時期が来ると読みたくなるんですよね。毎日、数の子はイヤですけど、正月にはいただきたいな、と思うじゃないですか(笑)。僕はクリスチャンではありませんが、『聖書』をたまに読むと深く感じ入るものがあります。繰り返し読むと言っても、何年か空いていて発作的に読むということですね。
僕は毎朝、般若心経を唱えています。これも読書のひとつですね。本書の中でも「音読する」ことを推奨しています。お経は難しい内容ですが、年に何回か「あ、そういうことか」と気づきがあります。名著と呼ばれるものには、リズムがあります。音読しているうちに、染みてくる。違う気づきがありますよ。


読書で他人の話に耳を傾ける「聞く力」も養われる


――あと、読書によって読んだり書いたりといった文章能力以外に、他人の話にじっくり耳を傾ける、「聞く力」が養われるというのは意外な効用でした。

名越 僕が本を読むようになったのは、30代になってからだったわけですが、20代のころに比べて聞く力は倍増したと思います。更に50代の今は実感として10倍くらいになったような気がしています。なぜかというと、本には自分より経験値の高い人の言葉が書いてあるわけですよね。とうぜん丹念に読まないと意味が分からない。

あるいはロシアの19世紀とか、時代も社会もまったく別の世界のことも本という世界で覗くことができる。背景自体が異なる文化を文字を介して知っていくので、情報を頭の中で再構成する訓練になるんです。ぬり絵とお絵描きの違いといえば良いでしょうか。あらかじめ線を引かれている図に色を塗るのと、一から絵を描くのは違う訓練なんですね。だから他文化の本を読むのはいいですね。軍事、金融、法律など読んでみると文化背景が違うので、一から謙虚に学べます。
人の話を聞くときも、無意識に人間は自分の枠にはめて相手の話を聞いているものです。そうではなくて、真っ白いキャンバスに一から絵を描くように、その人の背景を考えながら聞くと、お話がもっと有機的に聞こえてきます。そうすると謙虚になれますし、謙虚になった分、その人の話を面白く、発見多く聞けるようになります。それで20代のころの10倍は人の話が深く聞けるようになりました。

読書すればフランス人、ロシア人、国籍を問わずとも会えるわけです。もっと言えば時代を越えて、空海とも会えます。1200年前の人の話を聞いて、関心を持つということは、謙虚さが身につくことにつながります。読書こそが、聞く力を身につける唯一の方法だと思います。医者には特に必要な力ですね。


難解だけど良質な、自分にとっての「頂の本」を決める


――本書の肝である、「自分の限界を越える読書」のススメ、とても感銘を受けました。1日に数行しか読めないような難解だけど良質な本、自分が興味あるテーマのてっぺん、「頂き」に当たる本を1冊決めて持ち歩き、いわゆるライトな読書と併読して少しずつでも読む、というのはとてもいいですね。ただ、自分にとっての“頂の本”がわからない人も多いのかなと思います。見つけるヒントはありますか?

名越 自分がどのジャンルが好きなのかを見定めることですね。お金の動きに興味があるならマックス・ウェーバーの簡単な解説本を読んでから、分厚い専門書を買ってみるとか。金融の根本概念を作った人まで遡ってみるとか。
宇宙が好きなら、単なる宇宙の歴史本から、しだいに宇宙物理学に進むとか。

英語が好きならシェイクスピアを英語で読んでみるとかね。好きなバンドの歌詞を英語で読んでみるとか。僕は音楽が好きで、バンドをやっています。ちょっと難しいと思ってボブ・ディランの曲を敬遠していたんですが、ジョン・レノンはボブ・ディランの影響を受けたと知って、ディランの音楽を聴くようになりました。とても良いんですよ。なので、いつかディランの詩集を英語で読んでみたいなと思っています。

自分の好きなジャンルがあれば、その頂きの本は見つけやすいと思います。「好き」の延長にあるはずなので、そのジャンルを確立した人まで遡ってみてください。まわりに溢れている簡単な本やハウツー本はほどほどにして、たまには古典、原著、源流をたどってみてください。


読書で得た普遍的な知識が、自分の壁を越える力となる


――この記事もネットニュースに掲載されるものなのですが、情報はすべてネットで仕入れ、本はジャンルを問わず読まないという人も増えているようです。本書は特に「読書嫌い、苦手な人」に向けたものということですので、メッセージがありましたらぜひお願いします。

名越 自分に図抜けた才能のある方は読書をしなくてもいいと思います。ただ図抜けた才能があったとしても、その才能で食っていけるのは長くて10年が限界です。時代は変わりますから、自分の才能を新しいインプットなしで新しい時代に活かすのは難しい。
超天才画家のピカソを見ていればわかります。ピカソ=変な絵を描く人と思われるかもしれませんが、小学生の頃からデッサンの天才だったそうです。すぐに「青の時代」と呼ばれる時代を迎え、このままではダメだと思って彼はいろんなものを研究します。そこからキュビズムを誕生させ、画風をドンドン変えていきます。

どんな人でも古典や、他分野を研究し、越境すること。岡本太郎もパリでは絵とは直接関係のない民俗学をひたすら研究し、自分の絵の方向性を極めました。時代を越えた文化、知識、教養に触れないと、自分の壁を越えられない瞬間が必ず来ます。ぶつかってはじめてスランプに陥ります。お説教臭くて申し訳ないのだけれど、普遍的な知識が、壁を越える大きなきっかけになるはずです。そういうときに、自分のジャンルを越えた読書は必要になると思いますよ。

――ジャンルを越境した読書で体力をつけながら、自分の興味の頂点に位置する「頂の本」を少しずつでも読むというのはまるで登山のようですね。どうもサクサク読めるライトな本ばかり選んでしまいがちなのですが、今後は頂の本を何年もかけて読了する達成感もぜひ味わってみたいなと思いました。今日はどうもありがとうございました。
(まめこ)