まず最初に書いておくと、『岬の兄妹』はなかなか強烈でハードな作品である。題材となっているのは社会のセーフティネットからこぼれ落ちてしまった兄妹。
それも兄は身体障害を抱え妹は自閉症という、ハンディキャップを抱えた主人公たちの映画である。
「岬の兄妹」貧困描写に絶句「万引き家族」はまだましだった、コロッケとか食べてたし

ギリギリすぎる兄妹の生活を、生々しい演技で見せる


映画は、兄である道原良夫が妹の真理子を探すところから始まる。真理子は重い自閉症であり、うまく他者とコミュニケーションをとることができず、おまけに失踪癖がある。脚に障害を持つ良夫は、それでも必死になって真理子を探す。知り合いで警官の肇にも手伝ってもらって妹を捜索するが、真理子は全く知らない男の車に乗ってひょっこり帰ってくる。

家に帰ってきてひとまず真理子を風呂に入れる良夫。しかし良夫は真理子の服に突っ込まれていた一万円札と、そして下着に付着していた精液を見つけてしまう。
真理子が体を売って金を得たことを知った良夫は激怒し妹を問い詰めるが、全裸で泣き叫ぶ真理子が相手では話にならなかった。

良夫は唯一の収入源である造船所の仕事を半ばヤケ気味で辞めてしまう。他に肉親もおらず、ポケットティッシュに広告を差し込む内職を始めるも、その程度では滞納した家賃や光熱費を支払うことはできない。その時良夫の脳裏をかすめたのは、真理子が持ち帰ってきたあの一万円札だった。大いに逡巡しつつも、生きていくため良夫は真理子を使った売春の斡旋へと踏み出す。

主要な登場人物は少ない。
道原兄妹と、あとは良夫の友人である肇くらいである。舞台になるのは海辺の地方都市。どんよりした風景のなか、兄妹は貧乏の中でのたうち回る。

圧巻なのは自閉症の妹を演じた和田光沙だ。とにかく演技の精度が高い。自閉症者の多くは他者と安定したコミュニケーションを取りづらい。
彼女なりに色々と思考は蠢いているものの、しかしそれを表に出さないまま無邪気に売春へと突っ走る。文字にするとややこしい状態にある人物を、和田光沙は見るだけでそのまま理解できる形で表現する。ハードなシーンもあるが、演技がそれに負けていない。凄まじかった。

良夫役の松浦祐也も負けず劣らずである。良夫は脚に障害を抱えているがそれだけではなく、端的に言うと"バカ"である。
どう考えても「お前そのタイミングで辞めちゃダメだろ!」というところで仕事をやめるし、その後に始めるのがティッシュに広告を突っ込む内職である。人付き合いが苦手なのはわかるけど、さすがにもうちょっと先のことを考えようよ……という感じになるのだが、「余裕がなさすぎてダメな選択肢ばっかり選ぶ人」特有の、微妙に鈍い感じに説得力があった。おれ自身、いつああなるかわからない。ゾクゾクする。

あるある感溢れる貧乏描写が支える、作品の強度


主役2人の演技や見た目に関しても言えることなのだが、とにかく『岬の兄妹』はディテールがいい。冒頭、良夫がガラリと引き戸を開けて出てくる自宅の外観からしてグッとくる。
屋根がトタンとかで葺かれた、ボロくてくたびれた平屋の建物なのである。都内にいると分かりにくいが、ああいう住宅は地方にはゴロゴロしている。「ああいう家にはこういう人たちが住んでいるのか」と一発で客に納得させるパワーがある。

その家の中身も絶妙だ。物が多くて散らかっていて汚いけれど、いわゆるゴミ屋敷というほどではない。その数歩手前で止まっている。
もともと住んでいる人間がだらしないのと、生活に余裕がないのとが組み合わさった、リアルな汚れ方である。そして窓という窓にはダンボールが貼り付けられ、外からは中を見られない。背が低くて中にダンボールが貼り付けられている住宅、確かにおれは見たことがある。中はこうなっていたのか……!

『岬の兄妹』のディテールは、一事が万事この調子である。真理子が着ているジャージの質感や、良夫がいつも被っているくたびれたよくわからないロゴの書いてある野球帽。兄妹が「仕事」に成功しいくばくかの現金で豪遊するとき、彼らが食べるのはマクドナルドのハンバーガーやポテトやチキンナゲットだ。真理子が仕事で赴く人々の自宅の立地やその内部もリアルかつ、絶妙に汚い。

引き合いに出すのもどうかという気がするが、『万引き家族』が『史上最大の作戦』だとしたら『岬の兄妹』は『プライベート・ライアン』……というくらい、本作の貧乏暮らしと汚さの解像度が高い。『万引き家族』はなんだかんだでまだ綺麗だった気がする。コロッケとか食べてたし……。万引きという「他人の物を奪う」手段に出られず、売春という「体を張って稼ぐ」方法しか生き延び方を思いつかなかった、どうしようもなくバカでお人好しで間抜けで悲しい人たちの姿。『岬の兄妹』の製作者は、多分そこから逃げてはいけないと考えたのだろう。あの貧乏暮らしのディテールの蓄積からは、そんな確かな覚悟の手触りが感じられる。

なにぶん決して綺麗事では済まないディテールとテーマ、そして演技を見せられる作品である。正直、誰にでもオススメできる愉快でチャーミングな映画ではない。だが、すごいものを見たという気分になれることは保証する。野次馬根性でもかまわないから、ちょっとでも興味があれば見ておくべきだと思う。
(しげる)

【作品データ】
「岬の兄妹」公式サイト
監督 片山慎三
出演 松浦祐也 和田光沙 北山雅康 ほか
3月1日より全国公開

STORY
海辺の町で暮らす道原良夫と真理子の兄妹。障害を抱えた彼らは極貧の生活に喘いでいた。しかしある日真理子が見知らぬ男と金をもらってセックスしたをきっかけに、2人は売春で金を稼ぐことを思いつく