(→前回までの「オジスタグラム」)
この街には奴らがいる
改札を抜けるとそこは歯無国だった
皆様は京成立石とゆう街をご存知だろうか?
都心から電車で一時間。
東京は葛飾区にある東京の酒都と言われる街である。
パチンコを長年やってる方はわかると思うが、パチンコを長年やると、店の外観を見ただけでいいパチンコ屋がわかるようになる。
この駅のホームに降り立った時、それと全く同じ感覚を覚えた。
間違いない。この街には奴らがいる。
時刻は日曜の昼3時。
昨晩調べた情報では、この街では昼間から居酒屋の開店待ちでおじさんが列をなして、おじさんムカデみたいになってるのだ。
はやる気持ちを抑えられず、僕は小走りで改札を抜け、南口の階段を駆け降りる。
恐らくここを降りれば僕は圧巻の光景を目にするのだろう。
木造の居酒屋が軒を連ねる駅前。
無数のおじさんムカデ。
真夏の太陽照りつける中、個人経営の家電屋のテレビの前では競馬新聞を持ったおじさん達がビール片手に大声で叫ぶ。
人口の8割はおじさんが占め、残り2割はおじいさん。歯の少ない警察官、毛と歯のない区長……。
ふと地面を見れば、無数の白い物が落ちている。
それをひとつ拾い、僕は震える。
歯だ……。
歯無の国が本当にあったのだ!やったー!やったー!
そうゆう光景が広がってるはずだった.……。
しかし、そこには歯どころかゴミひとつ落ちていない、ただただ平和な日曜日が広がっていた。
街が呼吸をしていない
おかしい。
歯はともかくおじさんムカデは確実にネットで見たんだ。
その店に向かう。
おかしい。
街が呼吸をしていない。
目的の店はシャッターがおりていた。
開くはずのないシャッターの前で立ち尽くす僕は、さながら合格発表で自分だけ番号のない受験生に見えたのだろう。
不憫に思ったのか、通りがかりの髪の毛の派手なおばさんが教えてくれた。
今日は定休日らしい。
そしてこの街は日曜日はほとんどの店が休みらしい。
やってしまった。なんて初歩的なミスをしてしまったのだ。
落ち込む僕に追い討ちをかけるようにその日、来る時に仕込んでおいた競馬のメインレースが全て外れた事を知る。
遠く向こうに肌色の物体が
途方にくれた僕は気付くと河を眺めていた。
やはり人間落ち込んだ時は無意識に水辺に行くみたいだ。
河沿いには10メートル間隔でベンチがある。
楽しそうなカップル、釣りをしている青年達、頭を抱えたスーツのおじさん...
気を取り直してスーツのおじさんに声をかけようと近寄ったが、僕は頭を抱えた人に話しかけてはダメだとゆう親の教育を受けているので諦めた。
遠く向こうに肌色の物体が見える。
好奇心が僕の足を動かす。
1分程歩いて、ようやく肌色の正体が明らかになった。
嘘だろ! 裸だ!裸のおじさんだ!
とゆう事で本日のオジスタグラムは京成立石の河沿いにいた肌色の正体、橘さん。
決して人通りは多い訳でもないが、少なくもない場所だ。
そこに橘さんは、あたかも服を着てる人が間違えてるかのように堂々と上半身裸で右手に氷結ストロングを、左手に煙草を挟み河を眺めていた。
僕もオジスタグラムでいろんなおじさんに話しかけたが、裸のおじさんは初めてだ。
少し怖いが、凶器を持っていない事はわかっている。短パンは履いている事をもう一度確認して声をかける。
「こ、ここ魚とかいるんですか?」
「あぁ。いますよ。ほら見てたら飛びますよ?」
衝撃だ!裸なのに敬語から入るタイプのおじさんだ!
「ほんとだ!飛びました!なんですか?あれ」
「ボラとかだと思うんですけどね」
「へぇ~」
「この辺の人じゃないの?」
「そうなんですよ。都内から飲みに来たら店、結構閉まってまして」
「日曜だからねぇ」
徐々に橘さんの敬語の頻度が減って安心する。
ずっと敬語のおじさんは飲みに行ってくれない事が多いからだ。
結果、橘さんは家に服を取りに行くのが面倒だとゆう理由で飲みには行ってくれなかったが、御自身で持ってきた氷結ストロングを一本分けてくれた。
お目当ての店は閉まっていたが、河を見ながら氷結を飲み、横には裸のおじさんがいる。
最高の日曜だ。
なんで僕は脱ぐのを躊躇うのか
橘さんはここから3分くらいの家に住んでて、仕事が休みの日はよくここで飲むらしい。
道理で慣れたもんだ。
自前の灰皿も携帯灰皿ではなく、二時間サスペンスとかで人を殺すタイプのガラスの灰皿な訳だ。
「しかし、暑いなぁ」
「いや、橘さん涼しいでしょ!」
「ガハハハ!お前も脱げばいいだろ」
「いや、さすがに無理ですよ」
「なんで?」
「いや……」
確かになんで僕は脱ぐのを躊躇うのだろう。
別に違法な訳でもない。
通行人に見られるのが恥ずかしい訳でもないはずだ。なんかモラルがあるのか?
日本で街で上裸になるのは、幼児とおじさんだけに与えられた特権なのに。
そこが先輩おじさん達との決定的な差な気がする。
氷結ストロング4本目に入った橘さんに熱が入る。
「暑かったら脱ぐ! シンプルだろ」
「男らしいです」
「そうだろ?みんな賢ぶっていらん事考え過ぎなんだよ。結局人生シンプルが一番よ。やりたかったらやる!失敗したら謝る!暑かったら脱ぐ!」
なんかちょっと違う気もするが、橘さんはなんかいい事を仰っている気もする。
とにかくなんだかんだ考えてないで行動しろと言う事だろう。
氷結ストロングは人を強くする。
裸のおじさんが剥き出しの背中で語る。
「でも欲張っちゃ駄目だぞ。若い頃は何でもかんでも手に入れようとする。若い頃はそれでいい。
でもわしくらいの歳になると捨てるのが大事なのよ! 暑かったら脱ぐ!」
「なるほど」
橘さんは満足げに遠くを眺め煙草を燻らせているが、暑かったら脱ぐ! を気に入りすぎたせいで、もはや意味がわからない。
しかしなんか深い気もする。
得る事より手放す事が幸せへの近道みたいな事を聞いた事がある気がする。
救世主が現れる
確かに今まで出会った魅力的なおじさん達はみんな何かを捨ててた
プライド、モラル、髪、歯、服……。
……これはやはり深くないかもしれない。
ヤバい。
日も沈みかけ、橘さんはもう氷結ストロングで強くなりすぎてバケモノになりかけている。
「魚を見てみろ!服を着てないだろ!魚も人間もぜーんぶおんなじよ! 結局のところは!わしは……」
そこに救世主が現れる。
「あんた!またそんな恥ずかしい格好で!」
犬の散歩で通りかかった橘さんの奥さんだ。
「すいません。ほんとに主人が御迷惑を」
「いやいや、とんでもないです!」
「ほら、帰るよ!」
「うるせーなー!」
「ありがとうございました!楽しかったです!」
「おう!じゃあなー!」
「ほんとすみません。失礼しますー」
「全くあんた……」
僕は橘夫妻と犬を見送り、心の中で叫ぶ。
「犬には服着せるんかい!」
おじさんとは奥深い生き物である。
京成立石にはまた来る事になりそうだ。
(イラストと文/岡野陽一 タイトルデザイン/まつもとりえこ)