『おちょやん』第20週「何でうちやあれへんの?」

第100回〈4月23日(金)放送 作:八津弘幸、演出:盆子原誠〉

朝ドラ『おちょやん』離婚した千代と一平 モデルの浪花千栄子・渋谷天外の史実がまたかなり壮絶
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

モデルの自伝がドラマ化されたときも離婚の件は気を使われた

一平(成田凌)灯子(小西はな)の間に子供が生まれると知り、離縁することにした千代(杉咲花)。鶴亀新喜劇の1周年記念公演『お家はんと直どん』の千秋楽までつとめあげると、道頓堀を去る。

【前話レビュー】一平のどあほ!『あさイチ』鈴木アナ「ぶっちぎりで『だめ自慢』優勝」

なんて哀しい流れ。
だがドラマは主人公がひどい目にあえばあうほど盛り上がる。いや、これ、モデルがいるから現実にもあった話なのである。名脇役俳優(いまでいったらバイプレイヤー)浪花千栄子は、劇作家で演出家で俳優の渋谷天外と連れ添ったが、天外が若い劇団員・九重京子(本名・喜久栄)と浮気して子を成したため離婚し、劇団も退団する。

浪花も天外もそれぞれの自著で、そのときのことを振り返っている。片方でなく両方読むことで情景が見えてくる。浪花の文章からは何年経っても消えぬ恨みが感じられ、天外からは悪かったと思いつつも意地を張っているふうが漂う。


でも書かれたことがすべてでもないだろう。夫婦のことは夫婦にしかわからないことである。わかっているのは、天外が女性好きで(自他共認める性豪だったとか)、浪花と結婚する前も結婚しても、九重と再婚した後も女性関係は切れることがなかったとか。妻たちはそれをわかっていながらうまく手綱を引いていたわけだ。

残った記録を見ると、女好きな面は笑い話のように昇華されているが、令和の今だともう通用しないかもしれない。浪花もなかなかきつい性格のようだし、夫婦関係がどうだったかわからないが、不倫の末、子供ができて離婚とあれば天外の非のほうが大きいとしか言えないであろう。


この忌々しい出来事も含めて、浪花千栄子の半生を描いたドラマ(フィクション)を作るとき、どうすることが最適か。浪花千栄子の自伝『水のように』をドラマ化したとき、脚本を浪花に頼まれた藤本義一は、天外について浪花の自伝通りには書けないと思ったと、『喜劇の帝王 渋谷天外伝』(大槻茂著)の解説に記している。

藤本は天外に会って了承を得たいと浪花に申し出たときの浪花の反応、天外に会ったときに言われたこと。この温度差が大きく違っている。そして、藤本は離婚の経緯を“ナレーションでさらりと逃げようと思った”と書く。今で言ったら「ナレ離婚」だ。
そこにまた浪花が「ひっそり身を退くのが一番波風たてん方法やったと考えたいう具合にしてもらえまへんか」と頼んできたそうだ。

『おちょやん』はおそらくこれと同じような感じにしておくことが最適と考えたのではないだろうか。浪花と藤本が脚本の打ち合わせをしているときに天外が倒れた報告が入り、そのときの浪花の反応がまた激しい。浪花千栄子はブレていなかった。

浪花千栄子と渋谷天外の結婚から離婚までの簡単な流れは以下。

昭和5年:天外と浪花結婚
昭和25年:天外と浪花離婚。
九重京子(喜久栄)が劇団を退団し長男・成男誕生
昭和26年:浪花が劇団を退団
昭和27年:NHKラジオドラマ「アチャコ青春手帖」に出演。人気を博す
昭和28年:浪花、嵐山に旅館を開く
昭和29年:天外と喜久栄に次男・喜作が誕生。彼こそが『おちょやん』で京都の撮影所の守衛を演じた三代目天外である
昭和30年:天外は喜久栄とようやく結婚式を挙げる
昭和40年:浪花の自伝のドラマ化企画が進行しているとき、天外は京都南座で倒れ、以後、右半身不随になる

余談だが、浪花千栄子も再婚相手の喜久栄も「栄」がついているのが皮肉である。

(参考文献:浪花千栄子『水のように』、渋谷天外『わが喜劇』、大槻茂『喜劇の帝王 渋谷天外伝』)




「ええお母ちゃんになりますのやで」

若い劇団員に手をつけ妊娠させたことで、一平は孤立状態。初日の幕が開いたとき、劇団員たちは皆、千代を慰めようと鍋を囲む。そこに、みつえ(東野絢香)一福(木村風太)もやって来た。香里(松本妃代)もみつえもあえて「独り身」と口にする。
ときにはいやなことをあえて口にして笑い飛ばしてしまったほうが楽になる。

わいわい盛り上がってそのまま雑魚寝で夜を明かす。以前は、座長の一平を中心にこういった宴会が毎夜行われ、千代が小間使のように働いていたわけだが、いまや一平は蚊帳の外で、千代が中心である。

皆が寝静まったころ、散らかった一平の衣類がそのままになっているなかで千代が座布団を繕っている。ここでのみつえのセリフが染みる。

「どんだけほつれても、うちが一緒に縫うたるさかい」

そして香里が「いつまでもお古にこだわっていてもしゃあない」と言い、新しい座布団を買いに行こうと3人は指切りする。
散らかったままの夫の衣類。もう繕えない夫婦の仲。新しい座布団を買って再出発するしかない。

千秋楽の日の朝、灯子が訪ねて来た。家には入れず稽古場で話す千代。理由をつけていたが、一平と暮らした家には入れたくないのであろう。

生まれる子供が祝福されてほしいからと稽古場で灯子は謝罪する。謝れば済むと思っているのか! といらっとした視聴者も少なくないのではないだろうか。しかも大事な千秋楽の朝に。

でも千代は冷静に「ええお母ちゃんになりますのやで」と言う。自分が捨てられた子だから、これから生まれてくる子にそんな目に合わせたくない気持ちがあるだろう。そうやって他者の気持ちを汲んで、我慢してしまう人はなんて哀しい。

千秋楽のクライマックス。手違いで別れた元恋人同士・てると直どんが再会する。

直(一平)「あのときからずっとあんさんのこと思ってましたんやで」
てる(千代)「ずっと私のことを?」
直(一平)「そうや」

このときの「そうや」の声が成田凌の名演技によって、真に迫る。演技を超えて千代に言っているように聞こえてきた。かつて浪花千栄子が“ひっそり身を退くのが一番波風たてん方法”と千代のモデル・浪花千栄子が思ったことにしてドラマの脚本を書いてほしいと言ったように、『おちょやん』でも千代が身を退くが、一平はなんだかんだで千代を愛していた。

たった一回の過ちによって、孤独を埋めあい演劇道に邁進するかけがえのない同志を失う哀しみは、精一杯、千代に寄り添っているとも言えなくはない。だがそうすると灯子と子供の立場がない。軽く手をつけられて妊娠した灯子の人間としての尊厳はどうなっているのか。あまりにも無視されていて、これなら悪女として見せ場があったほうがマシのように思う。一平も徹底的に女性に弱い男として描いたほうが浮かばれるのではないか。あっちこっちに気を使った結果、薄味どころか味がなくなってしまっている。あちらを立てればこちらが立たない。このどうにもならない不条理。「一平のどあほ!」は「コロナのバカー!」と同じような気持ちになる。

この別れに筆者は名作漫画『キャンディ・キャンディ』のキャンディとテリィの別れを思い出した。「キャンディ・キャンディ」は『あさが来た』(2015年度後期)の制作に参考に読まれた漫画でもある。みなしごの主人公が波乱万丈な経験をしながら幸福を掴んでいく大河ロマンである。寄宿舎でキャンディはテリィに出会う。不良っぽい彼にキャンディははじめは反発していたが、次第に惹かれ、やがて愛し合うようになる。

テリィは俳優活動をはじめ、女優・スザナに好意を寄せられるもテリィはキャンディを愛し続ける。そんなある日、彼をかばってスザナが大怪我を負ってしまう。この事件をきっかけにキャンディは大きな喪失を体験する。キャンディとテリィの恋があまりにも情熱的でステキだったので、この展開は衝撃だった。だがキャンディはたくましく生きていく。だからきっと千代も大丈夫。

【関連記事】『おちょやん』98回 「さんざん面倒見てきた女と密通」した一平「絶対許せへん」
【関連記事】『おちょやん』97回 華丸大吉もこれは受けられない 一平(成田凌)の浮気が言葉を失う最悪の展開に
【関連記事】『おちょやん』96回 一平が灯子と男女の仲に!? 一平のモデル・渋谷天外は若い女優と不倫して離婚



■杉咲花(天海千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■名倉潤(岡田宗助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■渋谷天笑(須賀廼家天晴役)プロフィール・出演作品・ニュース
■大川良太郎(漆原要二郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■松本紀代(石田香里役)プロフィール・出演作品・ニュース
■前田旺志郎(松島寛治役)プロフィール・出演作品・ニュース
■藤山扇治郎(須賀廼家万歳役)プロフィール・出演作品・ニュース
■小西はる(朝日奈灯子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■篠原涼子(岡田シズ役)プロフィール・出演作品・ニュース

■桂吉弥(黒衣役)ニュース


※次回101回のレビューを更新しましたら、Twitterでお知らせします。
お見逃しのないよう、ぜひフォローしてくださいね

番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami