宮脇咲良、輝きを放つ裏で背負っていた“重圧”とそれを支えた存在とは?

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HKT48、IZ*ONEの一員として、グループの人気を牽引してきた宮脇咲良。今や国内外で活躍する宮脇も、デビュー前は鹿児島県で育った一人の女の子だった。日本でアイドルとなり、ファンに支えられ、海外へ飛び出して活躍するまでに至った宮脇の軌跡を、彼女の発言と共に振り返りたい。



■グループ兼任時代の活躍と知られざる苦労

13歳でHKT48としてデビューした宮脇だが、彼女のターニングポイントになったと考えられるのは2014年だ。2月にはAKB48との兼任も発表され、6月に行われた『AKB48 37thシングル 選抜総選挙』では11位を獲得し、前年の結果26位から大きく飛躍。そして、11月に発売されたAKB48のシングル『希望的リフレイン』では渡辺麻友とのダブルセンターを務めるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍ぶりだった。



ちょうどセンター抜擢と同じ頃、日本テレビ系ドラマ『マジすか学園4』の撮影も行われていた。多忙も重なってか、撮影現場では、過呼吸で搬送されたこともあったということを後年明かしていた宮脇。この当時のことを「毎回帰るバスの中で、『もう無理です、もう無理です』って泣いてました」と語り、“推されたい”思いと裏腹にある、“推される”ことでの重圧を吐露していた。



■IZ*ONEデビュー後の奮闘、メンバーとの絆

そうした重圧の日々で培われた全力で物事に取り組む姿勢は、後の海外活動でも活かされることとなる。2018年には、韓国のオーディション番組『PRODUCE 48』に参加。見事、IZ*ONEとしてデビューが叶うも、その道は平坦なものではなかったようだ。ダンスや歌の練習はもちろん、韓国語の勉強や活動の多忙さに加え、韓国の歌番組収録のシステムにも慣れず、異国で1人涙を流したこともあったという。


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