デヴィ夫人が、インドネシア大統領との結婚前の職業での驚きの金銭事情を明かす。「一晩で…」

20日深夜放送のテレビ東京系「じっくり聞いタロウ ~スター近況(秘)報告~」で、デヴィ夫人がかつて働いていた”サパークラブ”での驚きの金銭事情を初告白した。



「人生が180度変わった有名人SP」と題した同番組でゲスト出演したデヴィ夫人は、インドネシアで大統領夫人になる前に「舞台を新橋の演舞場で見て、すごい舞台女優に憧れて」と女優を目指していたことを明かす。



デヴィ夫人は映画などのエキストラ女優として活躍していたものの、なかなか売れない日々が続いていたのだそう。母、弟と貧しい暮らしをしており、長女として出稼ぎに行かなければならないと思ったデヴィ夫人は「昼間は千代田生命で働いて、夜は三田高校の定時制に通っていた」といい、さらには「三田高校の方が3日間(登校)で、その他の夜は赤坂のサパークラブ」とクラブで働いていたのだと告白した。



またデヴィ夫人はそのクラブについて、現在のものとは異なるのだとして「随一の社交場だったのね。ニューヨークの人、パリの人とかロンドンの人とか東京に行ったらそこのクラブに来るっていうくらい有名」と外国人御用達の高級店であったことを語った。



さらにそのサパークラブでは、名曲「マイ・ウェイ」で有名なフランク・シナトラが日本に来日した際にショーが開催され、席料となるカバーチャージは1人10万円(今の価値でおよそ200万円)だったという。フランク・シナトラのギャラは3600万円だったとも明かした。



さらにデヴィ夫人はサパークラブでの収入について「1時間が1000円なんですね、2時間で2000円。ただ3つ4つ掛け持ちでテーブルを持てば、一晩で1万とか1万5千円くらい」と話し「高卒が8000円。大卒が1万円の時代」と、サラリーマンの月収をたった1日で稼ぎ、18歳でバーを開いたのだと明かして出演者たちを驚かせた。



同番組では著名人の金銭事情についてのカミングアウトが多く、先日の放送に出演した振付師のラッキィ池田は、振り付け料が最大100万位だと明かす場面があった。

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