昨今、日本代表MF久保建英やレアル・マドリード下部組織の中井卓大など、将来有望な若いサッカー選手の多くが海外でプレーしている。その影響もあり、海外でプロになりたい選手をサポートするサッカー留学系の会社も多くその存在価値を高めている。
今回は、サッカー選手ではなくサッカー業界で働く人材育成を目指して留学プログラムを行う「アルビレックス新潟バルセロナフットボールアカデミー」事業マネージャーの松田健汰氏にインタビューを行った。自身の留学経験を踏まえた考えや、サッカーに関わる仕事について、また留学プログラムの魅力についての話をお楽しみください。
アルビレックス新潟との出会い
まずはサッカーを始めたきっかけを教えてください
松田氏:出身は奈良県ですが、父親の仕事の都合で2002年から5年間、新潟に住むこととなりました。新潟の街にはアルビレックス新潟というプロサッカークラブが存在しているということをここで初めて知りました。父親にデンカビッグスワンスタジアムに連れて行ってもらい、初めて試合を観戦し、そこでJ2ながら4万人のお客さんを集め、満員となるスタジアムを目の当たりにし、私もサポーターになりました。そして小学校3年生でアルビレックスのスクールに入り、本格的にサッカー選手を目指すようになりましたね。
サッカーの仕事を目指した理由は何ですか?
松田氏:サッカーの仕事を目指した理由は2つあります。まず1つ目は、好きなこと、自分がワクワクすることしかしたくないと強く思っていたからです。
その後、アルビレックス新潟バルセロナの留学プログラム1期生として参加されるのですよね。どのような経緯で留学を決断したのですか?
松田氏:大学入学後は授業を受けて部活に行って、友人と遊んだりバイトをしたり、ごく普通の大学生活を送っていました。気付けば1年が過ぎ、「このままでサッカーの仕事ができるわけがない、普通の生活ではダメだ」、何も成長していないのではないかとその場に立ち止まっていることへの焦りが大きくなりました。サッカーの仕事をする、アルビレックス新潟に入社するという私の夢を叶えるためにも「今のうちに挑戦しておかなければまずいな」と思っていました。
そう思っていた矢先、アルビレックス新潟バルセロナの留学プログラムがスタートするというのを知り「これしかない、このチャンスを逃すわけにはいかない」と思って留学することを決めました。
留学プログラムの内容はいかがでしたか?
松田氏:当時はスペインでのサッカーのプレーと語学学習がメインで、様々なゲストスピーカーによる講演もいくつかありました。当時20歳だった自分にとっては幅広い年齢層のチームメイトや多くの方との出会いはとても貴重な経験になりました。そして何よりも、最初に抱いていた不安が気付けばすべて自信に変わっていること。それは挑戦した人にしか得ることのできないとても大きな財産だということに気づけたことが大きかったですね。最初は言葉や文化、何もかも異なる環境での生活への不安はありましたが、毎日が新たな発見に溢れていました。小さな成功体験を積み重ねていくうちに、自身の成長を肌で感じられたのです。
アルビレックス一択で内定を獲得
帰国後、アルビレックスで働くまでは、どういうステップだったんでしょうか?
松田氏:就職活動が始まった当初はやはりアルビレックスで働くことしか考えていませんでした。その為にこれまで時間を費やしてきましたからね。そこで、クラブに直接電話をし「新卒の採用をやっているか」を聞いたところ、答えはNOでした。自分の夢への挑戦が終わったというか、まず入口が開いていなかったんですね。アルビレックスで仕事をすることに執着していた私ですがこのタイミングで一度それを諦めることになります。その後はサッカースクールなどのスポーツ関係の会社にエントリーして、採用試験を受けていましたが正直なところ不完全燃焼の連続でした。
その後、アルビレックスのスポンサー企業であるNSGホールディング様の選考に進むことができました。そこでも「アルビレックスで働きたいんです」とアピールし続けていました。すると選考がいくつか進んだ段階でNSGの人事の方から次回の選考よりアルビレックスの方で受けてもらいますとの連絡があり、そこから2回の選考を経て内定をいただくという流れでした
スクールコーチから留学事業へ
実際にアルビレックスで働きはじめてどうでしたか?
松田氏:まず率直に夢を実現させたことへの達成感はあり、うれしかったです。ただ、配属がフロントではなく育成普及部つまりサッカースクールのコーチだったので、本来私が目指していた立場ではない為、100%目標を達成できたわけではありませんでした。それでも、自身の役割を全うすることには変わりませんし、私も昔はスクール生でしたので、多くの子どもたちにサッカーをする楽しさを伝えること、その経験が子供達のこれからの人生において大切な瞬間になるように努めていました。
2年目のタイミングでアルビレックス新潟バルセロナに転職されたのですね?
松田氏:はい。スクールコーチとして新潟で勤務しておりましたが、その年の11月ごろ、アルビレックスシンガポールからお声がけいただき転職を決断しました。バルセロナの留学事業はアルビレックスシンガポールが運営母体となっているため、新潟からシンガポールに転職したという形になります。
アルビレックス新潟バルセロナは留学事業にあたるので、これまでの業務とは全く異なる分野ですが、私も実際お世話になった留学プログラムをより良いものにし、多くの方に参加していただきたいと思っていましたし、新たなフィールドで結果を出すことが次なる目標を達成する為に必要だと感じたため、転職を決意しました。
スクールコーチから留学事業への異動で苦労はありましたか?
松田氏:そうですね。スクールコーチは現場でのサッカー指導やJリーグ公式戦の前座試合やエスコートキッズに関わる業務がメインでしたが、営業だったり、事業戦略を立てたり、予算を管理する経験はバルセロナの仕事をするようになってから初めての経験でした。戸惑うことも多かったですが、幸いにも、失敗を恐れることなくチャレンジさせてくれる社風ですので、自身で仮説を立て、実際にやってみる。これを何回も繰り返していく中で、試行錯誤しながらも物事を進めていけるようになったと感じています。
「ワクワクできる人」になってもらいたい
サッカー留学会社が多くある中で、松田氏が思うアルビレックス新潟バルセロナの魅力は何でしょうか?
松田氏:アルビレックス新潟バルセロナが設立され約8年が経ちましたが、順調に修了生の数も増え、サッカー界はもちろん、他業界にも、そして現地バルセロナも含め、様々なパイプが増えてきていると感じます。そしてサッカーのプレーもでき、語学もビジネスも学べる留学はアルビレックスならではだと思っています。プロサッカークラブが運営している留学事業ということで、そこの信頼感を裏切らないようにプログラム自体の質を向上させ続けることは、常に意識しているところでもあります。
留学する人がどのような人間になってほしいと考えますか?
松田氏:色んな道がありますよね。その上で「ワクワクできる人」になってもらいたいというのは1つありますね。自分の夢や目標、やりたいことに対して、それを達成するためにどれだけワクワクすることができるのか、そしてそれを実現させるために必要なことを身につけてほしいと思います。そのためには自分に対してどんどん時間を費やしてほしいです。本当に様々な選択肢がありますが、その一つの選択肢としてアルビレックス新潟バルセロナの留学は存在していると思っています。ただし留学生の人生を私が決めることはできませんし、留学に行ったことがゴールではありません。線路を引くことはできても、実際にエンジンを動かして進めていけるのは本人にしかできないことだからです。それぞれ個人がワクワクすることに向かって、留学期間中でもどんどん自ら一歩踏み出せる人になってほしいと思います。
これまで50人前後のOB・OGの方は、どのようなことが決め手になり留学しているのでしょうか?
松田氏:もちろん、人それぞれ様々なストーリーがあり参加を決断してくれていますが、独自のキャリア形成をしたいというのが決め手となっている方は多い印象です。これは私自身にもあてはまることですが、長期留学することで、その人にしかない武器や語学力、価値観を身につけることができると思います。留学生に話を聞くと、やはりそれらを求めてスペインへ渡る人が多いですね。
OB・OGの方はサッカー業界や他業界でどのような仕事をされていますか?
松田氏:サッカー関連でいうと、もちろんアルビレックス関係に携わる修了生は多いですね。他にはなでしこリーグに所属するクラブのスタッフや他のJリーグクラブに就職した方もいます。留学終了後もバルセロナに残り起業した方や、現地企業や現地クラブの監督になった修了生もいます。サッカー業界以外でいうと、某メガバンクや有名保険会社、大手人材会社に就職していたりもしますね。本当に多くの修了生が、様々な国や業界で活躍してくれていることを嬉しく思います。
時代の流れを受け入れつつも、さらなる高みへ
会社としての目標や松田氏個人の目標を教えてください
松田氏:数字としては、1期あたり15人の留学生を獲得すること目標としており、個人的にも私が留学していた1期生の人数が12人と過去最多になるためその人数を超えることを目指しています。また現状、基本的には私1人が留学プログラムの募集窓口など事業全般を担当していますが、将来的にはもっと多くの修了生に関わってもらいながら、さらに規模感のあるクオリティの高いプログラムを作り上げていきたいです
今後の方針や、コロナ渦で生き残っていくために必要だと思う戦略はありますか?
松田氏:まずは今やっている留学プログラムでスペインに送り出す長期留学をメインに続けていきたいとは思っています。ただ、今後は短期での留学やビジネス研修、サッカーのプレーをメインとした留学についてもやっていくことになるかと思います。やはりスペインはサッカーのレベルが高く、プレーすることは魅力的ですからね。
また、コロナの影響で現地のプログラムもオンライン化してきている面もあります。今まではスペイン国内の講師からしか学べませんでしたが、他の欧州の国の人からでも学べるようになったのはメリットだと思います。しかしオンラインばかりになると留学の最大の魅力である「現地のリアルを感じること」が弱まってしまうことは絶対に避けなければいけません。オンラインの導入はあくまでも幅を広げるための一つのオプションと捉えています
今後はどの年代に強くアプローチしていきたいですか?
松田氏:現状は学生が多いです。今後ももちろん、学生に留学してほしいと思っていますが、社会人の方も増やしていきたいと思います。というのも、私が1期生として留学した時には学生と社会人がほぼ半々でした。私は20歳だったので、1番年下でした。その時に同じ学生の先輩や社会人の方からとても良い影響を受けました。
また、学生だとどうしても「与えてもらう側」になってしまいますが、社会人は「与える側」ですよね。学生だけだとできないことも社会人が入ることで自分たちでイベントやプログラムに取り組んでみようとなったりします。そのようにシーズンごとに留学生の属性や年齢層には、ばらつきがあるので期によって全然違う空気感だったりもします。
しかし留学プログラムを提供する立場からすると、学生が多いから良いとか、社会人が多いから良いとかではなく、どんな経歴であれ年齢であれ、すべての参加者にとって、実りのあるクオリティの高いプログラムを提供し続けること、その魅力を多くの方に届けること、そして担当者である私に共感してもらうことが最も大事だと考えています
最後に、サッカー界に入って活躍するために必要なことは何だと思いますか?
松田氏:私もまだまだ偉そうに言える立場ではありませんが、自分にしかない武器を作ることですかね。例えば、すごく営業が得意で営業成績で1位を取れる人だったり、語学力も武器の1つになるでしょう。何でも良いので自分にしかないものを持っていることが必要ですね。あとは、0から1を作り出せることです。先ほどもお話しさせてもらったように、働くということは与えてもらうのではなく与える側になります。極端な話、会社から数字の目標だけを設けられ、それに向けてのやり方は、こと細かく教えてもらえないこともあるのではないかと。指示待ち人間ではなく、自分の考えを持って実行できることは大切かと思います。
それで結果が出なければ、原因を追究して別のやり方を考えれば良いだけですからね。それの繰り返しだと思います。そして何よりも、繰り返しにはなってしまいますが、自分が一番ワクワクすることに向かって一歩踏み出すことです。そうすることで「不安が自信に変わる経験」を肌で感じていただきたいですし、新たな自分との出会いをしていただきたいと思っています。
取材後記:人材不足の課題が浮き彫りになるサッカー界の中で、自分の武器を作ることがいかに重要かを感じた。そして、プロサッカークラブが留学事業を行うことに対する価値についても感じることができた。今後、日本や世界のサッカー界、そしてスポーツ界全体がより良くなっていくためにもこの留学プログラムから1人でも多くの人材が輩出されることに期待したい。