明治安田生命J1リーグは、近日大雨の影響で中止になった試合もあるが、第24節を終了した。現時点、首位の川崎フロンターレが未だ無敗で勝点62と快走中。

2位の横浜F・マリノスが勝点6差で追う展開が続く。暫定3位の鹿島アントラーズは勝点41と大きな差があるため、優勝争いは2チームに絞られた。

一方、3位以内に与えられる来季のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)出場権を争う戦いは熾烈を極めている。暫定4位のサガン鳥栖と、同5位のヴィッセル神戸も、3位鹿島と同勝点であり、8位のFC東京でさえも勝点35。2ゲーム差以内に6チームがひしめいている状況だ。

その中、ここでは暫定4位の鳥栖のサッカーに注目してみたい。

日本人の良さを最大限に生かした要素が多く見られる鳥栖のサッカーに興味を惹かれるサッカーファンは多いのではないだろうか?

躍進サガン鳥栖のサッカーとは。ACL初進出に期待する理由

GK朴一圭、MVP級「二刀流」の活躍

今季の鳥栖の特徴には、まず守備が挙げられる。開幕6戦連続無失点を含め、J1では第24節終了時点で2番目に少ない17失点。全試合フルタイム出場を続けているGK朴一圭(パク・イルギュ)の存在が際立つ。その神憑り的なセーブが、チームに勝点10ポイント分ほどをもたらしている。

そしてセーブだけではない。そんな守護神の存在がチームにとって最も大きいのは、ビルドアップ(攻撃からの組み立て)の局面と言えるだろう。鳥栖は、自陣から攻撃を組み立て相手が前線からプレスを仕掛けてきても、朴の存在により「+1」の数的優位を確保できている。

ペナルティエリアから前へ出て味方のボールホルダーをサポートしてパスを受ける朴は「11人目のフィールドプレーヤー」だ。足下の技術やパスを受けるポジショニングの妙、パススピードなどはフィールド選手と全く遜色がないレベルにある。

さらに試合の機微を読みとる能力に優れる朴は、相手が裏へ出して来るスルーパスやフィードを先読みしてカバーし、ピンチを未然に防ぐ。鳥栖の基本システムは[3-5-2]と表示されるが、実際は[1-3-5-2]か[4-5-2]のようなものだ。野球のメジャーリーグで活躍する大谷翔平(ロサンジェルス・エンジェルス)が野手と投手の「二刀流」を高く評価されているが、現在の朴一圭にもこの「二刀流」の活躍を加味すると、今季のMVPに選出されてもおかしくはない。

躍進サガン鳥栖のサッカーとは。ACL初進出に期待する理由

軸になる黄金期の下部組織出身選手たち

鳥栖の基本システム[3-5-2]も細かく見てみよう。興味深いのは、特に3バックの左側に入る選手が守備時に3バック、または両サイドのウイングバック(WB)が引いて5バック化する左センターバック(CB)として守備ブロックの軸を構築しながら、マイボール時は4バック化した左サイドバック(SB)として積極的にアウトサイドに攻撃参加する点だ。

これによって、1列前の左WBが内側のハーフスペース(サイドと中央の中間)に移動し攻撃的MFとしてプレーし、チームは攻撃の枚数を担保している。

この左CBには、20歳の大畑歩夢、18歳になったばかりの中野伸哉のどちらが入っても役割は変わらない。彼等は2人とも鳥栖の下部組織出身である。鳥栖の下部組織と言えば、2017年にU-15チームが「日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会」と「高円宮杯JFA全日本U-15サッカー選手権大会」の2冠に輝き、2020年にはU-18チームが「日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会」で初優勝。黄金期を迎えており、そこから昇格して来た選手をトップチームの軸に据える現在のチーム作りは理にかなっている。

現在の鳥栖を指揮する金明輝(キム・ミョンヒ)監督は、2018シーズンの終盤からトップチームを暫定的に指揮し、残り5試合で最下位という絶望的な状況からJ1残留に導いた。

2019シーズンはコーチからスタートしたが、5月から監督に昇格。現在は長期政権になりつつあるが、同監督は2012年から鳥栖のアカデミーの指導者を歴任して来た重要人物である。

金監督の下、前述の大畑や中野伸哉だけでなく、10番を背負うMF樋口雄太(鹿屋体育大学経由)や、20歳のMF本田風智など、下部組織出身の選手が現チームの主力を担っている。8月に電撃的に清水エスパルスへ移籍した20歳のMF松岡大起は、高校3年生の頃からトップチームの主力としてプレーした。金監督は下部組織から構築されて来たクラブ独自のプレーモデルをいよいよトップチームにも導入し、相手を見ながらも柔軟に適用させているのだ。

鳥栖は元スペイン代表FWフェルナンド・トーレス(2018年夏から約1年間プレー)の獲得や、同時期の株式会社Cygamesのオフィシャルスポンサー契約終了などにより、多額の債務超過に陥った。

現在の予算は「ありがトーレス」などと冗談を言っていた時期から数段下がるも、皮肉なことにクラブ史上最高の成績を上げられるほどにチーム力は高いレベルで安定している。若手とはいえ下部組織出身選手は当事者意識が強く、クラブのためにプレーする意思の強さがあり、ファン・サポーターにとっても応援し甲斐のあるチームになっている。

躍進サガン鳥栖のサッカーとは。ACL初進出に期待する理由

クリエイティブな5人の技巧派MF

鳥栖サッカーの内容面で興味深いのは、本職を2列目とするクリエイティブな技巧派MFが多いことである。直近のJ1第24節の浦和レッズ戦では、アンカーの樋口、インサイドMFの白崎凌兵と仙頭啓矢、2トップの1角に小屋松知哉、左WB中野嘉大の5人が先発でプレーした。ドリブラー型とパサー型に分かれるが、センス溢れる彼等5人はドリブルもパスも巧い。

ドイツ代表のメスト・エジルやイングランド代表のジャック・ウィルシャー、スペイン代表サンティ・カソルラ、チェコ代表トマシュ・ロシツキー、ウェールズ代表アーロン・ラムジーなど5人の技巧派MFが共存したアーセン・ベンゲル監督時代のアーセナルを想起させるが、一般的なチームではこのタイプの選手を2人共存させることですら議論が起きる。3人でも多過ぎる。

仙頭と1つ後輩の小屋松は、京都橘高校時代の「第91回全国高等学校サッカー選手権大会」(2012年度)で準優勝し、共に得点王を獲得。京都サンガでも同僚としてプレーしていたユニットとしての連携力がある。浦和戦ではアンカーを担った樋口は、この位置からの方が持ち味のパスセンスをチーム全体で有効活用できるのではないか。今月になって緊急的に期限付き移籍で獲得した白崎は181cmの上背もあり、フィジカル能力にも優れる。攻撃時はトップ下のような位置でプレーする中野嘉大はもちろん、5人に共通するのは運動量が豊富であることが大きい。

さらに彼らはパス能力も高く、パスワークの妙を読むセンスにも長けている。運動量と組み合わせることで、それが守備でも大きな武器になる。小柄な選手が多いために中盤でのプレスからのボール奪取を前提に守備戦術を組み立てないといけないこともあるが、その整合性はとれている。また、高い技術と運動量をベースに攻守の戦術を練り上げる術は、世界を相手にした時の日本代表の姿とも重なる。

大人気サッカー漫画『キャプテン翼』で例えるなら、彼等5人は主人公の「大空翼」ではなく、10番タイプの翼とゴールデンコンビを組む「MF岬太郎」である。J1で確固たる実績を上げられなかったために岬役に徹しているのかもしれないが「5人の岬君」が揃ったプレーは美しく、流れるようなフットボールで観る者を魅了する。ベンゲル監督が退任した2018年以降は不振に喘いでいる本家アーセナルよりも輝いて見える。

躍進サガン鳥栖のサッカーとは。ACL初進出に期待する理由

鳥栖のプレーをアジアでも!

2014シーズンにJ1優勝争いをした頃の鳥栖は、前半戦を首位で折り返しながらも尹晶煥監督(ユン・ジョンファン現ジェフユナイテッド千葉監督)の突如の退任劇などもあって急失速。結果5位に終わったが、それが現時点クラブにとっての最高成績である(2012シーズンも同5位)。

当時はマイボールの時間が短かくも、チーム全員の運動量が豊富で、局面の数的優位を作り続けていた。現在はそのハードワークをベースに、最後尾のGKから丁寧にパスを繋ぎ、攻撃時と守備時で異なるポジションをとる可変型システムの導入などで2年連続してボール支配率も50%を上回る「持てるチーム」に変貌を遂げた。欧州最先端の戦術トレンドの導入は、オランダの強豪アヤックスとの提携の成果もある。

今夏の移籍市場では、MF松岡が清水へ、U-24日本代表として東京五輪を戦ったFW林大地がベルギーのシント=トロイデンVVへ、鳥栖で通算128得点(J1:92得点、J2:36得点)を上げて来たクラブの象徴である元日本代表FW豊田陽平が栃木SCへ移籍するなど、大きな変化も訪れている。しかし、数的優位やポジション的優位など優位性を活かした「鳥栖版ポジショナルプレー」が浸透しているチームは、選手の出入りがあっても大崩れしない安定感を保っている。

さらにこの7月には「もうJ1でもFWとしてもプレーすることはないと思っていた」という、苦節プロ11年目の酒井宣福(ヴィッセル神戸の酒井高徳の弟)が3試合連続ゴールを挙げ「2021明治安田生命Jリーグ KONAMI月間MVP」を受賞。FW山下敬大がチーム最多の9得点を挙げてブレイクするなど、チームには好循環が起きている。

ACLには出場したことがない鳥栖だが、現在の鳥栖のサッカーがアジアの舞台でどう通用するのか?それは鳥栖のファン・サポーター以上にニュートラルなサッカーファンにとっての興味関心を惹く。残る14試合となったJ1では、若手選手が多く活躍する鳥栖のサッカーを楽しみにしたい。